決戦前夜〜君はミルク〜

   *********


   「どうしても迷いが断ち切れないのであれば、
    ドモンの戦いを正反対の立場から見てはどうだ。
    そうすれば自ずと答えは出るだろう」
   「え?」


   〜君はミルク〜


   シュバルツの言葉に、レインはしばらく考え込むように俯いた。

   「何もすぐに答えを出せとは言わん。よく考えるんだな」
   「えぇ…」

   ドモンの信頼を裏切った代償は大きくて。
   側にいる事は出来ないと思っていても
   気持ちをすぐに切り替えるなんてもっと出来ない。
   潤んだ瞳で差し出された珈琲を眺めたまま黙り込んでしまったレインに、
   シュバルツはそっとミルクを差し出してくれた。

   「ありがとう…」

   ドモンにはないさりげない優しさ。
   敵とはわかっていたけれど、今はそんな優しさが嬉しかった。

   「このミルクはレイン、君のようだな」
   「え?」

   黒い綺麗な瞳で見つめられて吸い込まれそうな感覚に胸が苦しくなる。
   意味が分からなくて戸惑ったようにシュバルツを見つめたレインは。

   「真っ白で汚れが無い。でもその分、何か一つでも汚れがあれば」

   目の前でシュバルツが自分の手を強く握った瞬間、
   真っ赤な血が掌から流れ出て、ミルクに一滴落ちるのを見て
   焦った様にその腕を押さえようとしたけれど、そっと制されてしまった。

   「シュバルツ!」
   「君の心はこの様にすぐに染まって行ってしまう」
   「…っ!」

   真っ赤な血を飲み込んで、どんどん桃色に染まって行くミルク。
   まるで自分の心の中を見透かされているような気持ちになった。

   「逆に考えてみれば、ドモンは珈琲だ」

   そしてまた自分の掌から流れる血を珈琲に滴らせた。

   「自分の見たこと、感じたことしか受け入れず、それ以外は拒否してしまう」

   黒いままの珈琲。
   まるで今の自分とドモンの関係を表しているようだと、レインは思った。

   「不安要素一つに考え過ぎてしまい、未来を自虐的な色で染めてしまう君と、
    目先の事以外は受け入れず、頑固に自分の色を保ち続けようとするドモン」

   まさにそのものだと思わないか、なんて言われて。
   その通りだと桃色のミルクと黒いままの珈琲を見つめた。

   「あなたの言う通りだわ。…でもじゃあ、あなたの血は…
    あなたは目先の不安要素なの?」
   「え?」

   そっと微笑んでシュバルツの手を取ると、赤く染まった手袋を脱がせた。

   「そうではないと願いたいな」

   ふっと目を細めて笑うシュバルツは、
   レインに深く考え過ぎて落ち込むなと励ましてくれているのだろう。
   まだ不安は拭い去る事なんてとても出来ないけれど、
   とても温かい言葉だと思った。

   「シュバルツ。あなたは、砂糖みたいな人ね…」
   「砂糖?…そんなに私は甘いか?」

   予想外だと言うシュバルツの掌に、消毒をして包帯を巻く。
   大人しくレインのしたいがままにしてくれているのも、
   断るとレインが困るとわかっているからなのだろう。

   「今までになかった発見と優しさを与えてくれるわ。
    でも、すぐに消えて見えなくなってしまうの」

   シュバルツの言葉は厳しいけれど、端々に優しさを感じるのだ。
   それはきっと、聞き間違いじゃないだろう。

   「私もまだまだだな」

   少し困った様に微笑んだシュバルツは、
   もう一つの小さな小瓶に入ったミルクを手に取ると、
   血が入った珈琲の代わりに自分の珈琲をレインの前に置いた。

   「だが、この二つの欠点は…」

   そっとミルクを珈琲に入れる。
   混ざり合った二つは、綺麗な琥珀色のミルク珈琲になった。

   「こうして一つになる事でお互いの欠点を補えるのだ」

   優しく差し出されたミルク珈琲を口にしたレインは。

   「さっきの話だけれど、あなた側のクルーとして明日試合を見させて。
    私が…ドモンにとって必要な存在であるのか…それを確かめたいの…お願い」

   決意したようにシュバルツを見つめて。

   「奴には君が必要だ…必ずドモンにもそれがわかるだろう…」

   雨の降り始めた音に、そっと瞳を閉じた。

   END

   *********

   こんなシュバルツ兄さん嫌です(笑)
   きっと兄さんは、ドモンとの決勝の時、ちゃっかり
   レインの包帯をお守りのように巻いたまま出たと信じています(病気)


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