ずっといっしょだよ

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   12月24日。
   世の中はクリスマス・イヴだ、サンタだと浮かれているけれど。

   「あんなのは外人だけが祝えばいいんだ」

   予定なんて当然の様に立てていない花井は、
   久しぶりに部活が休みという事もあり部屋で本を読んで過ごしていた。
   毎年家族で過ごすこの日は、
   つまらないと言いながらも親からのプレゼントをよく期待していたものだ。
   サンタさんからのプレゼントでない所がポイントなのである。
   花井は元からサンタなんてものは信じてないし、
   母親が枕元にばっちりプレゼントを置くのも5歳の時に経験済みだ。
   どのみちもう高校生にまでなった自分には関係ない事だった。

   「浮かれやがって…」

   花井の部屋に置いてあるクリスマス・ツリーは双子の妹が置いていったものだ。
   なんだか見ていたら切ない気分になってきそうで本に目を戻したら。

   「お兄ちゃーん!お客さんよー!」

   妹のキンキン声が聞こえて訝しげに本から顔を上げた。

   「客…?」

   昨日はみんな各々クリスマス・イヴを過ごすという話だったので、
   野球部の仲間とも合う約束をしてはいない。
   誰なのか全く検討が付かなくて、急いで部屋を出た花井は。

   「お、花井ー!デートしようぜー!」
   「た、田島!?」

   玄関先で妹達と楽しそうに喋っていた田島に叫ばれて、あんぐりと口を開けた。

   「何ボーッとしてんのよ、お兄ちゃん」
   「田島君がデートしようって誘ってくれてるのよー?」

   楽しそうに笑い合う妹達の言葉に、初めて田島の危うい台詞に気付いて。

   「ここここの馬鹿!」
   「あいたー!」

   真っ赤な顔で田島の頭を叩くと、妖しく笑う双子の間を駆け抜けて、
   急いで自分の部屋に連れていった。

   「な、何言ってるんだ!変に思われるだろ!?」

   うるさくても可愛い妹達に変態のレッテルを貼られてはたまったものではない。
   花井は常識的な考えを持った小心者なのだ。

   「え〜。だって花井とデートしたかったんだもん」

   仕方ないだろ、と胸を張って答える田島は、
   花井と違って度胸が座っている男と言える。

   「お、男同士で遊ぶのはデートとは言いません!」

   むしろ何も考えていないと言った方が正しいのかもしれないと
   花井が頭を抱えてしまうのは。

   「彼氏と彼女がするのはデートだろ?」
   「…誰が彼女だよ…」

   満面の笑顔で指を指してくる田島の考えが掴めないからだ。
   思わず言語理解能力が低いのではと心配になってしまっても
   仕方がないと言えるだろう。

   「天才と何たらは紙一重…」

   思わず遠い目で外を見つめてしまう花井は憐れだ。
   クリスマス・イヴに可愛い女の子に彼氏と言われるのではなく、
   元気で自分より小さな男の子に彼女扱いされるなんて誰が想像出来ただろう。

   「なー、いいだろ?オレ、花井と一緒にいたい!」
   「う…」

   真剣な瞳でお願いされて、花井は諦めたように溜息を吐いた。
   なんだかんだいつもこうして田島の我が儘を聞いてしまうのは。
   どうにも田島に甘えられる事に弱いからかもしれない。
   父性本能というのが花井にあるとすれば正にそれなのだろう。

   「…わかったよ」
   「やったー!」

   そういった自分の甘さが、
   また田島を調子に乗らせてしまうのだという事は分かっていたけれど。
   嬉しそうにはしゃぐ田島を見るだけで自分も嬉しくなってしまうから。

   「花井、遊園地行こうぜ!遊園地ー!」
   「はい、はい」

   自分もつくづく甘いな、なんて苦笑して。
   出掛ける為に上着を手に取って立ち上がった。

   *********

   真っ赤な観覧車が目印な近所の遊園地は、結構広くてアトラクションも多い。
   それ以上に多いカップル達が、
   今日は私達の時間だと言わんばかりに張り切っている様に眩暈がしそうになる。
   その中に交じって並んでいるだけでも疲労感が募るのに。

   「花井花井!次はアレに乗ろうぜ!」

   疲れを知らない相方の相手をするだけで、
   花井は年寄りにでもなったように疲労しまくっていた。

   「落ち着けって田島。乗り物は逃げねぇから!」
   「乗り物は逃げなくても時間は逃げてくだろー?」

   その言葉に苦笑して。
   急かすように握られた掌に胸が高鳴るのを感じる。
   クリスマス・イヴに男同士遊園地に来てはしゃいでいるなんて
   恥ずかしくて仕方ないけれど。

   「早く乗りたいな!」

   こんな時間も悪くないと感じるのは、
   田島と一緒だからかもしれないなんて考えて顔を赤くした。

   「…な、何考えてんだオレは」

   自分の考えを訂正するように頭を振って、
   なんだか気まずい時間を潰すように周りのカップルを眺めた。

   「浮かれてるなぁ」

   馬鹿ばっかりだ、なんてイチャイチャするカップルに溜息を吐き出した花井は。

   「みーんな、幸せそうだな!」

   ぼーっと田島の声に頷いて、笑い合うカップルに微笑んだ。

   「今日は世界中でカップルがイチャつく日だからな」
   「こんな日に喧嘩してるなんて馬鹿だもんな!」
   「そりゃ…」

   そーだと言おうとした瞬間。

   「ついてくるな!オレは一人で遊ぶ!」
   「じ、準サーン!そんな事言わないでくださいよぉ!」

   見たことのある二人組が目の前を横切って行って、驚いたように固まってしまった。

   「手くらい繋いだっていいじゃないっすか!」
   「馬鹿!も〜お前ホント馬鹿!!」

   大声で怒鳴り合って去っていく利央と準太に、
   聞いているこちらが恥ずかしくなってしまう。

   「何も見なかった事にしよう…」

   他校の知り合いとはいえ、ホモのカップルなんて見たくて
   見たわけじゃないのだと掌を合わせて目を閉じた花井は、
   心を綺麗にしようと必死だ。
   手を合わせるだけで浄化されるような気になるのは、
   衝撃的な瞬間を忘れる為に必死なんだろう。
   しかし花井の無駄な努力は。

   「あいつらもデートなのか!」
   「あいつ『ら』って何だ、『ら』って!」

   田島の脳天気な声に一瞬にして潰されてしまって。

   「もー、花井はごちゃごちゃうるさい〜!ほら、乗るぞ」
   「誰のせいだよ、誰の!」

   いつの間にか回って来ていた順番に、
   促されるまま無理矢理アトラクションに押し込められた。

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   空はすっかり暗くなって、
   それと反比例するように遊園地の照明は明るくなってゆく。

   「後1時間で閉園だってさー」

   唇を尖らせて言う田島に、まだ遊び足りないのかと笑いかけてやるけれど。

   「最後に観覧車乗ろ!」

   最後という言葉に、花井も妙な淋しさを感じてしまうのは。
   後3時間もすれば今日が終わってしまうからかもしれない。

   「今なら空いてるかもな」

   決して田島と離れるのが淋しいとかじゃないんだと自分自身に言い訳して。

   「よし!じゃあ、行こうぜ!」

   そっと握られた掌を引かれて、なんだか泣きそうな気持ちになって胸を押さえた。

   「オレは…あいつらとは違う…違うんだ…」
   「は?何だ?」
   「な、なんでもない!」

   利央と準太の姿を思い浮かべて、
   自分に必死に言い聞かせてる事自体が普通ではない事には気付かないらしい。
   自分の中に溢れつつある気持ちを隠すように俯いて。
   引かれるまま長い列に入って行った。

   *********

   「すっげー!マジ綺麗だぞ、花井!!」

   花井の向かいの席に座って、
   窓に張り付く様に外を見ている田島につられて外を見た花井は、
   あまりの美しさに小さく息を呑んだ。

   「すご…」

   クリスマス様にセットされたイルミネーションは、
   まるで宝石箱をひっくり返したようにきらびやかで。
   まるで知らない世界に来たような気にさせた。

   「宝石だぁ…」

   思わず小さく呟いた花井は、田島が吹き出したのを見て顔を真っ赤にした。

   「な、何だよ!」
   「いや、花井って以外とロマンチックなんだなって」

   ニヤニヤと笑う田島が何だか悔しくて。
   プイと顔を反らして再び夜景に目を向ける。

   「ホント、宝石みたいだよなー」

   再び笑った田島に、何か言い返してやろうと口を開いた瞬間。

   「オレからのクリスマスプレゼントだよ!」

   満面の笑顔で言われて、驚いたように固まった後顔を真っ赤にした。

   「お、お前が作ったわけじゃないだろ!?」

   観覧車に乗るお金だって各々自分で出したのだ。
   クリスマスプレゼントになんてなるものかと赤い顔を反らした花井は。

   「いつかオレがメジャー行ってお金持ちになったら」

   この景色を花井に買ってやる、なんて。
   いつものおちゃらけた雰囲気からは想像も付かないような真剣な声で言われて。

   「ば、馬鹿!そうゆう事はな、彼女が出来てから彼女に言え!」

   利央と準太のような関係とは違うんだと
   必死に自分に言い聞かせるように指を強くにぎりしめたら。

   「だから花井に言ってんじゃん!」

   その手を優しく握られて、困ったように田島を見つめた。

   「オ、オレは…男…なんだ…」
   「分かってるよ」

   嫌なのに、嫌な筈なのに心がこんなに苦しくなるのが何故か分からない。

   「でも、好きなんだからしょうがないじゃん」

   随分自分勝手な告白なのに、流されそうになってしまうのは、
   そっと近づいて抱きしめて来た腕がひどく温かかったからかもしれない。

   「オレ、きっと花井にこの夜景全部プレゼント出来るくらい凄い男になるからさ」

   利央や準太を見て必死に否定しようとしたのは。
   きっと自分達を重ねて見ていたからで。

   「だからその時まで…オレとずっと一緒にいよう?」

   何処までも我が儘な身勝手男を振り切れないのは。
   素直になれない自分をその身勝手さで
   強引に奪って欲しいからだったのかもしれない。

   「…ない…」
   「何?花井」
   「プレゼントなんて…いらない」
   「…花井」

   自信に満ち溢れた瞳が困ったように歪むのを見て、
   花井は我慢できなくなったように田島に抱き着いた。

   「はな…い?」
   「プレゼントなんていらないから…」

   一生離さないくらい言え、なんて小さな声で囁いたら。

   「大好きだ、花井!一生離さないぞ!」

   最高に綺麗な笑顔で幸せそうに抱きしめ返された。

   *********

   「これでオレも…あいつらの仲間入りか…」

   夜道を田島に手を引かれながら遠い目をしている花井は、
   さっきまでの甘い雰囲気とは掛け離れた暗い表情をしている。

   「花井諦め悪いー」

   そんな花井に溜息を吐きながらも田島はとても楽しそうだ。

   「だ、だってお前!」

   男同士なんだぞ!?と叫ぼうとした花井は、ここは夜中の住宅街で、
   後数分もすれば日にちが変わる時間帯だった事を思い出して、慌てて口を閉じた。

   「大丈夫だってー!」

   脳天気に笑う田島に花井が思わず溜息を吐いてしまうのも仕方がないと言えるだろう。

   「じゃあな…」

   やっと家の前に着いた事を感謝したようにさっさと家の中に入ろうとしたけれど。
   急に腕を掴まれて訝しげに振り向いた花井は。

   「どんな困難があってもオレが守ってやるからさ!」
   「う…っ!」

   力強い瞳で見つめられて顔を真っ赤にした。
   どうして田島はこんなに自分をドキドキさせる言葉を言うのが上手いんだろう。
   そんな事を言われると、花井が弱い事を知っていて
   業と言っているんじゃないかと思う程、田島は花井をドキドキさせるのが上手い。

   「じゃーな、花井!」
   「うわっ!」

   強く引き寄せられたと思った瞬間にはもう唇が奪われていて。

   「メリークリスマス!」

   楽しそうに笑いながら叫ぶ田島の声に、初めて日付けが変わった事を知った。

   「とんだサンタクロースだな」

   思わず呆然と呟いた花井は、赤い顔で小さく笑うと。
   恋人という名前のサンタクロースに貰った素敵なプレゼントを思い出す様に、
   そっと自分の唇を撫でて小さく微笑んだ。

   おわり

   ちなみに、次の日実は家の中から一部始終を見ていた妹達に
   花井が散々からかわれた事は言うまでもない。

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   本当はクリスマス用に書いてたけれど仕上がらなかったのを
   書直してみたので今更クリスマスネタです(汗
   男前な田島様を目指してみたんですが、いかがでしょうか。
   実は利央と準太、あまり必要なかったというのは秘密です(笑

モドル