添い寝
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授業終了のチャイムが鳴り響き、やっと帰れる気配に喜んだのもつかの間。
前の席から回って来たプリントを手にした花井は、
とうとうこの時期が来てしまったのかと文字の羅列したプリントを見つめた。
『期末テスト』
中間テストと同じく、学生であれば誰でも経験しなければいけない学校行事である。
しかも中間より範囲が広い分だけ達が悪い。
「あー…やだなー。またテストかよ〜!」
泣きそうな声で机に顔を伏せてこの世の終わりのような顔をしている水谷は、
正しい学生の見本と言える男だ。
「阿部、数学よろしく」
「…英語は任せた」
花井自身勉強自体は嫌いではないが、やはり得意不得意がある。
早々に阿部と協力し合う約束をして、窓の外を見つめた。
「…練習…出来ねぇなぁ…」
テストの一週間前からは、全ての部活が休みになる。
野球部も例外ではなく、どんなに絶好の野球日和だろうと休みになってしまうのだ。
青々とした気持ち良さそうな空を見上げて、花井は恨めしそうに呟いた。
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「花井ー!ヤベェ、オレ無理だー!!」
「無理だと言う前に何で勉強しようとしないんだ!?」
昼休み、7組のクラスに駆け込んで来た野球部の面々に、
花井は大きな溜息を吐くと自分のノートを広げた。
クラスの友人達は可笑しそうに笑いながらそんな彼等を見ていたが、
必死な人間にはこの際恥も関係なくなるらしい。
中間テストと同様に行われたこの『昼休み集中講座』は、
彼等にしてみれば、少々大袈裟だが生きる為に無くてはならない行事なのだ。
「あ、阿部、君!わ、わからな…っ」
「ったく!何でお前はそう物覚えが悪いんだ!いいか?ここは…」
そしてこうした怒鳴り声も、
この勉強大会の大事な行事(?)として毎回やり取りされるらしい。
結局、昼休みだけでなく放課後の部室でも続けられた勉強大会は、
百枝の部活しないなら早く帰れという怒鳴り声に追い出されるまで続いた。
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まだ明るい内から帰るなんて久しぶりで、何だか妙な違和感を覚える。
「あ…」
「どうした、花井」
結局追い出されるまま帰り道を歩いていた花井は、
汚れたユニフォームを部室に忘れて来てしまった事を思い出して立ち止まった。
「部室に忘れもんした…」
「明日取りに行けば?」
「いや、取りに帰るわ。先帰ってくれ」
はいよ、と手を振る阿部に手を振り返して、今来た道を引き返した。
「あ〜、最悪」
もうすぐ駅だったのにと溜息を吐きつつ、
学校のグラウンドまで引き返して来た花井は。
「あれ?…田島…?」
グラウンドにあるプレハブの下のベンチに、
寝転びながら本を読んでいる田島を見つけて、不思議そうに近づいた。
「お前何してんの?」
「あ、花井ー!家に帰ったら絶対寝るの分かってるからさー」
ここで勉強してたんだ、なんて笑われて。
その子供のような考えに呆れたように溜息を吐き出した花井は、
何も見なかった事にしようと部室に向かって歩き出そうとしたけれど。
「花井も勉強しに来たのか?」
「お前と一緒にするな!」
忘れ物を取りに来ただけだと、
脳天気な声に思わず立ち止まって怒鳴り返してしまった。
「じゃあ、ついでに勉強教えて☆」
なのにそんな花井を気にもしないでふざけた事を言える田島は、
余程度胸が座っているか何も考えていないかのどちらかだろう。
そしてそんな時の田島はひどく男らしく見えてしまって。
逆らえ無い強さにとても惹かれてしまうから達が悪い。
「す、少しだけだからな!」
急いでいる振りをする為に腕時計を見つめて、
4時を回ったばかりの時計に溜息を吐き出して隣のベンチに座ったら。
「だから花井って大好きだ!」
とても幸せそうに笑われて、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「…何が分からないんだ?」
「いんぐりっすー」
「…英語ね」
降ろした鞄から教科書を取り出して、俯せでノートを見つめる田島に、
少しでも分かるように説明してやる。
何度も頷く田島に、分かっているのかいないのかは不明だったが、
取り敢えず自分が作った単語帳を田島に手渡した。
「やるよ」
「え!?でも花井のだろ?」
「オレはまた作るから」
「わーい!サンキュー!」
貰った単語帳を一生懸命にぎりしめて抱き着いてくる田島はひどく可愛い。
悔しいけれど、この笑顔の為ならなんでもしてやれると思えてしまうのだから、
自分も相当ドツボにハマッているのだろう。
「オレがやったんだからしっかり勉強しろよ!」
「ゲンミツに頑張るぞ!」
お前はまず英語より日本語からやり直しだというのも疲れたように額を押さえた花井は、
何を思ったのかいきなり膝に寝転んで来た田島に、驚いたように固まった。
「なっ、なっ!?」
「今から単語覚えるんだからなー。邪魔するなよ?」
「寝転んでなんて出来るか!」
「オレはこうしてた方が集中力が増すの!」
大人しくしてろよ、なんて偉そうに言う田島を必死に引き離そうとするけれど。
不自然な態勢にも関わらず田島はスッポンの様に花井から離れようとしなくて。
結局諦めた様に花井は自分も教科書を開いた。
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どれくらいそうしていたのだろう。
足の痺れに、ふと教科書から目を離して空を見上げた花井は、
沈み始めた太陽を眺めて目を細めた。
「げっ!もう6時か!?」
腕時計の指す数字に焦ったように田島に目をやった花井は。
「何で寝てんだよ!」
ひざ枕に安心したのか、スカスカと気持ち良さそうに眠っている田島を見て、
殴り飛ばしたい気持ちを必死に堪えて田島の肩を揺すったけれど。
「お、おい。起きろって」
「…う〜ん」
全くと言っていい程起きる気配のない田島に、
花井は自分の中で何かが切れるのを感じた。
「人を巻き込んどいて勝手に寝るな!」
すっと腰をずらして、ひざ枕していた田島の頭をベンチに叩き落としてやったけれど、
それでも起きようとしない田島に、思わず遠い目をして空を眺めてしまう。
「はは。こんな奴の言葉を信じてたオレが馬鹿だったんだ…」
家にいても外にいても一緒じゃないかと呟いて。
無邪気な笑顔で眠っている田島の頬を軽く抓った。
「う〜…」
少しだけ痛そうに顔を歪めて、手を離した途端に
また安心したように眠るのが可愛くて、何度かそれを繰り返してやる。
「…ん〜〜!」
「ぅわっ!ビックリした!」
いい加減我慢できなくなったのか、いきなり手を強く握られて。
離そうとしても離してくれない手に困ったように手を振り回したら。
「花井…好き…だ…」
小さな寝言が聞こえて、驚いたように顔を赤くした。
「…馬鹿野郎」
オレもだよ、なんて。
そっと柔らかい髪を優しく撫でながら小さく呟いたら、
寝ている筈の田島が小さく笑った気がして恥ずかしくなる。
呆れたように自分も隣のベンチに上半身を寝かせて、無邪気な寝顔を見つめた。
花井が恥ずかしくて言えない言葉を、田島は恥ずかしがりもせずに伝えてくれる。
でも、自分はその気持ちに少しでも答えてあげられているのだろうか。
「…『スキ』…か…」
こうして一人だと思うとその気持ちは簡単に言葉にする事が出来るのに。
本人を目の前にするとどうしても意地を張ってしまって言えない言葉。
その事に対して田島は不満に思ったりしていないのだろうか。
「いつも、言ってもらってばっかりだもんな」
撫でられているのが余程気持ちいいのか、
幸せそうに目元を緩めて頭を擦り付けてくる田島の頬に、
そっと伸びをして口付けると。
「…素直になれなくて…ゴメンな」
大好きだよ、と呟いて。
柔らかい日差しに誘われるように自分も目を閉じた。
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「花井〜…それ反則だから」
隣で安らかな寝息を立てている花井を頬杖を付きながら困ったように見つめて。
「可愛すぎるのわかってんの?」
本当は途中から目を覚ましていたけれど、
狸寝入りしていたんだと言ったら怒られるだろうか、なんて考えて小さく苦笑する。
「素直じゃない花井も大好きだぞ?」
繋いだままの手から柔らかい花井の体温が伝わってくるのが嬉しい。
寝顔は大人っぽいのに、子供のように柔らかい花井の頬に口付けると、
添い寝する様にまたベンチに寝転がった。
終わり
その後、結局夜の8時まで寝ていた花井は、
田島を叩き起こして泣きながら家に帰りましたとさ。
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果たしてこれが甘々と言えるのだろうか、、、。
モドル