だってしょうがないじゃない

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   多くの人が集まり賑わう渋谷ハチ公前。
   死ぬまで主人を待ち続けた健気な犬に捧げられた銅像は、
   今は若者達の待ち合わせの場所として目印の役目をしている。
   そのハチ公の足元では、今日も沢山の人達が待ち合わせをしていた。

   「…何で榛名さんがここにいるんすか」

   幸せいっぱいだと言わんばかりにイチャつくカップルの雰囲気とは似ても似つかない、
   今にもこの場で殺人事件でも起きてしまいそうな空気を漂わせた阿部は。

   「だってデートだから」

   自慢げに笑いながら自分の隣に立つ榛名を睨み付けた。

   「こんな所まで出てくるなんて暇人っすね」
   「オレの可愛い恋人がここに行きたいって言ったんだよ」

   阿部の厭味のジャブをサラリと交わす榛名は、
   厭味に気付いていないのか、厭味をへとも思っていないのか謎な男だ。
   単に、久しぶりに出来るデートに浮かれて気にならないだけかもしれない。

   「お前もデート?」
   「…まぁ、そうっすけど」

   男同士でも恋人同士だからデートだろうな、なんて。
   心の中で呟いた事は秘密だ。
   わざわざ教える義務もないし、阿部だって久しぶりに部活が休みになって、
   三橋とデートするのを楽しみにしていたのだ。
   なのに、待ち合わせの場所に来てみれば、天敵ともいえる憎き相手がいて。
   厭味な程に自分の側でニヤニヤとされて腹を立てるなという方が無理な話だ。

   「オレの彼女ってさぁ、意地っ張りだし甘えん坊なんだけど超可愛いんだよなー」

   しかも聞きたくもない恋人自慢を延々とされては、阿部でなくとも切れたくなるだろう。

   「…ウゼェ」
   「ん?何か言ったか?」
   「別に…」

   海よりも深い溜息を吐いて、無視する事に決めたけれど。

   「オレの彼女は世界一可愛いからな」

   自慢げに言われた言葉に、阿部はとうとう我慢出来ず、
   自分の中で何かが切れた音がした気がした。

   「…誰が…世界一ですって?」

   周りに花井でもいれば、「そっちに切れるのかよ!」と突っ込んでくれただろうが、
   いかんせん今は二人きりだ。
   阿部のズレてゆく言動を止めようとしてくれる人はいない。

   「残念っすけど…うちの彼女には叶わないっすよ」
   「何ぃ?」

   不敵な笑みを浮かべた阿部は、
   何を言ってるんだと言わんばかりに腕を組んで高飛車に鼻息を荒くした。
   阿部の大切で可愛い恋人に叶うわけがないと心から思っているのだ。

   「言うじゃねぇか…」
   「本当の事っすから」

   二人の周りに漂う空気がただ事でない事を周囲の人達も気付いたのか、
   遠巻きにハチ公の前で睨み合う二人を見つめていた。
   美形二人が睨み合う様は嫌でも周りの目を引いてしまうのだ。
   一触即発の雰囲気に息を潜めて耳を澄ませていた人達は。

   「オレの加具山さんは真ん丸の目で見上げた時とかすんげぇ可愛いんだぞ」
   「オレの三橋だって釣り目だけど常に潤んでて超可愛いっすよ」

   続けられた恋人自慢の言葉に、何だそりゃと肩を落とした。

   「オレよりかなり身長低いからいつも上目使いだし!」
   「いつも俯き加減で見上げてきますよ!」
   「お前身長低いもんなー!そんなもんか」
   「な、何だと!?」

   延々と繰り返される恋人自慢に、一番迷惑しているのは。
   運悪くそこを待ち合わせ場所にしてしまった人でも、イチャつく恋人達でもなく、
   二人の頭上でひたすら耐えるしかない哀れな忠犬だ。
   どんなに邪険な扱いをされても主人を迎える為にここに居座り続けた名犬も、
   今ならそそくさと逃げ出す事を選ぶだろう。

   「加具山さんの方が可愛い!」
   「三橋の方が可愛い!」

   そんな可哀相な彼を救ったのは、
   優しいご主人様でも、掃除に来てくれる清掃のおばさんでもなく。

   「は、榛名ー!ななな何言ってんだよ!?」
   「あ、阿部…君!?」

   顔を真っ赤にして二人を見つめる可愛い恋人達で。

   「か、加具山さん!?今の…聞いて…?」
   「当たり前だ!大声で恥ずかしい事叫ぶな!!」
   「ご、ごめんなさい!」
   「お前は気にするな」
   「う、え、えぇ?」

   尻に敷かれる彼氏と亭主関白な彼氏を一度に見た周りの男性陣は、
   彼女ではなく彼氏の恋人自慢を聞かされていたのかと思わず遠くを見つめ、
   一部の女性陣は嬉しさに飛び回らんばかりに胸を踊らせていた。
   互いの恋人が男である事は、この際阿部と榛名には気にならないらしい。

   「もうマジ信じらんねぇ!」

   周囲の視線に耐えられなくなったのか、
   逃げるようにその場から走り去ろうとした加具山は。

   「か、加具山さん!」

   しっかりその腕を榛名に掴まれて、
   恥ずかしさに涙を浮かべながら睨み付けた。

   「お願いだから…行かないで下さい。恥ずかしいなら」

   隠してあげるから、なんて言いながら覆いかぶさるように抱きしめてしまう榛名は、
   周りの好奇の視線や黄色い声なんて気にもとめないらしい。
   加具山以外の人間の存在を消してしまっていると言った方が正しいかもしれない。

   「や、止めろぉおお!」

   そして、そんな常識はずれな恋人を持った加具山は、
   常識も世間体も気にするまともな人間なのだ。
   榛名の気持ちをわかれという方が無理な話だと言えるだろう。

   「大丈夫だ三橋。オレはあんなに常識知らずじゃない」
   「う、う?」

   そんな二人に冷たい視線を投げ掛た阿部は、
   小首を傾げるようにしてくる三橋をじっと見つめてニヤリと微笑んだ。

   「可愛い…」

   聞こえないように小さく呟いて空を見上げる阿部は、
   自分も榛名とと同レベルだという事に気付いていない。
   ある種同族嫌悪の二人と言えるのだろう。

   「「やっぱり加具山さん(三橋)が一番だ」」

   世界で一番可愛いと言っても過言ではないと堂々と言い切った二人は。

   「ばっ!榛名!何言ってんだよ!」
   「あああ阿部君!?」

    いつの間にか膨れ上がっていた人だかりと哀れな忠犬に見せつけるように笑い合って。

   「だってしょうがないじゃないっすか」
   「これが愛ってヤツだからな」

   真っ赤な顔で俯いてしまう常識人な恋人達を、
   その強引で非常識な腕で攫って行ってしまった。

   終わり

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   もう本当にごめんなさい、、、。二人とも変態ですね(汗
   長原様のリクエストで『アベミハVSハルカグ』です。
   私はヘタレな攻めがメロメロなのが好きなのでどうしても変た、、、ゴホゴホッ。

モドル