晴れた朝は

   *********


   部屋に鳴り響く目覚ましの音を迷惑そうに止めて、
   まだ寝ていたいとグズる身体を無理矢理起こす為にうずくまる。

   「あ〜…今日は日曜か…」

   ふと見た時計が6時を指しているのを確認して立ち上がった榛名は。
   カーテンを開けて窓の外を見た瞬間、一瞬驚いた様に固まってしまった。

   「すっげ…いい天気…」

   雲一つない空は綺麗なスカイブルーに輝いていて。
   まだ目覚めたばかりの太陽は白い光りを大地に降り注いでいる。
   昨夜は久し振りに近づいて来た台風のお陰で黒い大きな雲が空を覆っていたのに、
   そんな事は微塵も感じさせない晴れやかさだった。
   見惚れた様に呆然と空を眺めていた榛名は何かを思い付いた様に慌てて鞄の中を探ると、
   部屋が散らかっていくのも気にせず目当ての携帯を取り出してボタンを押した。
   榛名自身何故急にそんな事をしようと思ったのか分からない。
   ただとても綺麗な青空を見た瞬間、無意識にそうしなければと思ったのだ。

   「加具山サン!」

   何コールめかで出た愛しい人の眠そうな声に微笑んだ榛名は。

   「ピクニックに行きましょう!」

   それしかないと楽しそうに叫んで、もう一度晴れ渡った空を見上げた。


   〜晴れた朝は〜


   「ったく、何で急にピクニックなんだよ」

   待ち合わせの駅前でブツブツと文句を言っている加具山もどこか嬉しそうだ。
   何だかんだ言いながらも、久し振りの休みに誘ってくれた事を喜んでいるのだろう。
   ピクニックという響きを聞く事すら久し振りで、
   子供に戻った時のように遊ぶ事で頭がいっぱいなのかもしれない。

   「まぁまぁ、いいじゃないですか」

   そんな加具山嬉しそうに見つめて暑いくらいの道を歩き出す。
   今は時間が一秒でも惜しいのだ。
   今日は一日、時間を目一杯使うと決めたのだから。

   「仕方ないなぁ!」

   今日だけだぞ、なんて言いながら先を急ぐ加具山の瞳は遠足に行くガキ大将の様に輝いていて。
   榛名は眩しいものを見たように目を細めて微笑んだ。
   きっと加具山は、そんな純粋な仕種の一つ一つが、
   榛名をひどく惹きつけているなんて知らなくて。
   純粋な人だからこそ榛名が何も出来なかった事など想像もしないのだろう。

   「仕方ない男の願い、叶えてくれて嬉しいです」

   好きだという気持ちは言葉になんて出せないままだから。
   そんな榛名の我が儘を嫌がりもせずこうして来てくれた事が嬉しくて仕方がないのだ。
   眩しいくらいの太陽が、まるで願いが叶うように魔法をかけてくれているような気がするなんて。
   自分の都合のいい勘違いかもしれないけれど。

   「は、早起きは三文の得って言うだろ?」

   だからいい事があるかと思っただけだ、なんて。
   真っ赤な顔を反らした加具山がぶっきらぼうに言ってくれるから。

   「オレも、早起きして良かったと思いますよ」

   やっぱり太陽が味方をしてくれているんだと、
   榛名は自分の都合のいいように思い込む事が出来るのかもしれない。
   加具山は榛名を喜ばせるのがひどく上手いのだ。
   それが全て無意識にしている事だと分かるからこそ、
   惹かれ続けてしまうのかもしれないと思う程に。
   もう何度、そんな事を考えたか分からないけれど、
   先を強気な態度で歩く加具山に微笑んで、
   歩調を合わせるように早歩きで追い掛けた。

   *********

   暫く道路を歩いていた二人がたどり着いたのは、
   都会の側にあるとは思えない程広大な緑色だった。
   広場というには広すぎる深緑地帯は、日曜という事もあり多くの親子連れで賑わっている。
   広がった広場と、その奥にそびえる森に目を見開いた加具山は。

   「うわー!すっごい森!!」

   ウズウズする気持ちを押さえきれない様に周りを見回した。
   今時こんな広場もまだあるのかと感慨深くさせる自然の多い広場は、
   榛名の母親が昔父親とデートに行った事があるというお墨付きの場所だ。
   青々とした芝生が一面に広がり周りを囲む様に並んだ銀杏の樹が、
   秋になればとても美しいだろう姿を想像させる。
   その背後にある大きな森は、昔何かのアニメで出て来た事があるいわくつきの森に酷似している大きさだ。

   「絶対ト〜ト〜ロ〜がいるぞ!」

   物真似をしながら絶対そうに決まってるとはしゃぐ加具山は、
   大きな森全てにあの得体の知れない毛むくじゃらな生物が生存していると信じているらしい。
   自分もドングリを貰う気でいっぱいなのだろう。

   「そうですね、いるかもしれないですね」

   そんな加具山に合わせる様に言う榛名は夢物語なんて信じない超現実的な男だ。
   ドングリしかくれない正体不明の生物より、
   プロテインをタダでいくらでも買ってくれる金持ちに会いたいと思うのは、
   現実派の人間の考えなのだろう。

   「ほんとにそう思ってんのかよ」

   いやに素直に頷いている榛名に聞く不機嫌な声に勿論だと答えて。

   「後で一緒に探しましょうね」

   網が必要かな、なんて真剣に呟いたら、加具山はとても楽しそうに笑ってくれた。
   榛名にとって信じない生物でも、加具山が言うなら絶対に見つけださなければと思うのだ。
   加具山が白だと言ったものは、カラスでも榛名には白く見えるらしい。
   例えそれがツチノコより見つけるのが大変な生物であっても例外ではない。

   「じゃあ先に見つけた方が勝ちな?」

   絶対に見つけて売り飛ばしてやると仁王立ちをする姿が勇ましい。
   思わず見惚れてしまいそうな格好良さに目を細めてしまうのは。
   今までこんなに純粋で可愛い人を見た事がないと思うからだ。

   「加具山サンと一緒なら、イエティだってチュパカブラだって」

   見つけられる気がするよ、なんて笑って。
   当然だと言わんばかりに笑った加具山と一緒に、
   大きな森に向かって走り出した。

   *********

   「疲れた〜!」

   ひとしきり走り回って探索を続けた加具山は、
   毛むくじゃらの生物ではなくカブトムシを片手に、
   大きな傘のように広がって太陽の暑さから庇ってくれている木の下に倒れ込んだ。
   芝生の上に大の字で寝転んでいると、
   涼しい風が吹き抜けてとても穏やかな気持ちにさせる。
   そのまま昼寝出来そうな癒しの時間にそっと目を閉じようとしたけれど。
   急にとても美味しそうな香りが鼻孔を擽って誘われるように匂いのする方を見た。

   「お腹、空いたかなと思って」

   作ってきちゃいました、なんて言いながら鞄から重箱を取り出す榛名を見て、
   加具山は驚いたように目を見開いて固まってしまった。
   広げられた重箱の中には色とりどりの食べ物が並べられている。
   特に唐揚げなど、今すぐむしゃぶり付きたいと思わせる綺麗なきつね色に輝いているのだ。

   「ここここれ、お、お前が作ったのか!?」
   「そうですよ」

   当然の様に答える榛名が料理をしている様を想像した加具山は、
   思わず恐怖から来る眩暈で倒れそうになってしまった。
   『男子厨房に入らず』を実践していそうなイメージが強すぎる榛名のエプロン姿を想像して、
   何だか想像してはいけない物を想像してしまった気がしたのだ。

   「初めて作ったから美味しいか分からないですけど…」

   照れたように少し笑いながら答える姿に無性に怒りが込み上げてくるのは、
   目の前に広がる美味しそうな料理達がとても初めて作ったようには見えないからだ。
   料理のイメージがない榛名が自分より上手く料理を作った事が気に食わないのだろう。

   「ま、まぁ、問題は味だよな!」

   自分が生まれて初めて料理をした時はこんなに上手に作れなかった事を思い出して、
   綺麗な三角形に胡麻をまぶしたおにぎりを手にとって噛り付いた。
   途端に口の中に広がった薄塩の絶妙な味と、香ばしい胡麻の香りに、
   余計腹立たしさが膨張されて不機嫌そうに全て平らげてしまった。

   「美味しくなかったっすか?ごめんなさい」
   「神様は不公平だ…」

   途端に心配そうに伺ってくる榛名に少しだけ気を良くするけれど。
   初めて作ったお握りで腹痛を起こした記憶がある加具山は、
   自分の出来ない事が何でも出来てしまう榛名を恨めしそうに睨み付けると、
   手当たり次第に重箱に詰められた料理を詰め込む。
   全部食べられて悔しがる榛名を見てやろうと思ったのだ。

   「いっぱい食べて下さいね」

   けれど、そんな加具山を嬉しそうに見ている榛名が一度も料理に手を付けていない事に気付いて。
   加具山は訝し気に眉を寄せて箸を止めた。
   榛名はずっと加具山の口を見つめているだけで、
   目の前の最高に美味しいお弁当には見向きもしていないからだ。

   「食べないのか?」

   小さく首を傾げて不思議そうに聞いたら。

   「あ、そう…ですね!食べますよ、勿論!!」

   榛名は慌てて加具山の口から視線を反らして俯いた。
   自分が加具山の唇をうっとりと見つめていた事に初めて気付いたからだ。
   健康そうな桃色の唇が唐揚げの油で少し光っている様が、
   何だか誘っている様に見えたなんて。
   そんな卑猥な事を考えていたんだとばれてはいけないと、
   自分も慌てて鮭フレークがかかったお握りに噛り付いた。
   せっかく作ったお握りを味わうまでもなく詰め込んでしまった榛名は、急に顔を真っ青にして咳込んだ。
   慌てたせいで喉にお握りが詰まってしまったのだ。

   「あ〜あ、子供みたいだなぁ」

   楽しそうに笑ってお茶を差し出してくれる加具山からコップを受け取って、
   暫く苦しそうに噎せていた榛名は、目に涙を溜めながら溜息を吐き出した。

   「…無意識って、怖い」
   「ん?何か言ったか?」

   不思議そうに上目使いで見上げてくる加具山は、
   その瞳がどれだけ榛名の理性を奪うか分かっていないのだろう。
   無意識というのが一番質が悪いのだと思わず嘆いてしまいそうだ。

   「ったく、濡れちゃっただろ?」

   榛名が慌てたせいでかかってしまったのだろう。
   掌に付いたお茶の滴をペロリと舌で舐めとる加具山は無邪気だ。
   だが無邪気な分だけ榛名を苦しめている事には気付いてくれないらしい。

   「あ、朝日が眩しいなぁ!」
   「?もう昼だぞ?」

   ピンク色の可愛い舌を見ただけで卑猥な想像しか出来ない榛名に罪はない。
   意味不明な言葉で暴走しそうな若い欲望を押さえようとする健気さを褒めて欲しいくらいだ。

   「…このまま太陽に焼かれて溶けてしまいたい…」

   思わず泣き言を言ってしまうのは、加具山の指先が唾液で濡れているのを見てしまったからだ。
   今なら性犯罪に走ろうとしてしまう男性陣の気持ちが、
   少しは分かると思ってしまう榛名は哀れだと言えるだろう。
   何とか高鳴る気持ちをごまかすように深呼吸二、三度繰り返した榛名は。

   「変なの」
   「…っ!」

   唇を尖らせながら上目使いで見つめてくる加具山の拗ねた表情を見た瞬間。
   耐え切れなくなったように加具山の身体をきつく抱きしめてしまった。

   「加具山サン!」

   自分でも押さえが効かない衝動は、けれど榛名を熱くさせて。
   その瞬間だけは、嫌われるかもしれないとか、
   足元の重箱は大丈夫かとかなんて考えられない程、ひどく甘美な時間に感じた。

   「は、榛…んぅ…っ!」

   自分と同じ男の身体な筈なのに、不思議と柔らかい身体を抱きしめて。
   震える唇に自分のそれを押し付ける。
   いけないと思う気持ちは、逆に気持ちを高揚させて。
   自分を後押ししてくれるような気がした。

   「加具山サン…ッ!」
   「ん、や…ぁ…!」

   逃げようと薄く開かれた唇にそっと舌を差し入れて、
   拒絶する言葉を塞ごうとするように激しく舌を絡める。
   流れ込む唾液を飲み込んだ時に動く加具山の喉がコクリと動く感触にまで興奮した。
   始めは暴れていた加具山が大人しくなったのを感じてそっと唇を離したら。
   驚いたような瞳で見つめられている事に気付いて、
   もう一度赤くなった唇に小さなキスを落とす。
   気恥ずかしさとどうしようと思う気持ちの狭間で悩むように加具山を抱きしめた瞬間。

   「…んで…っ」

   小さな声が聞こえて、そっと俯く加具山の顔を覗き込んだ。

   「加具山さ…」
   「何で…っ」

   大きな瞳から涙を流して暴れる加具山にひどく胸が痛む。
   零れ落ちる鳴咽すら押さえようとせず泣き続ける姿が痛々しくて。
   どう言えば自分の気持ちが伝えられるのか悩むように唇を噛み締めた。

   「今日、すごく天気が良くて」

   今までに無いような綺麗な空に特別な予感がしたのだと、
   冗談の様に言おうとした言葉は、気持ちとは裏腹に今すぐ泣き出してしまいそうに震えていて。
   そんな自分が何だかひどく情けなく思えて、拒絶された身体を躊躇いがちに離してやる。
   泣きながら怯えた様に震えさせているのが自分なのだと思ったら、
   自分の存在がとても汚らわしいものに思えた。

   「今日なら加具山サンに全て打ち明けて、気持ちを受け入れて貰えるんじゃないかって」

   都合のいい思い込みをしていたんだと伝えた声は掠れてしまっていて、
   ちゃんと伝わるのか不安な程だったけれど。

   「本当はこの気持ちは押し付けちゃいけないって分かってたんです…でも」

   駄目でした、なんて。
   少しでも自分の気持ちが伝わるように呟いた。
   ごめんと謝る言葉は、榛名の気持ちも全て否定する気がして言えないから。
   そのかわり小さく微笑んで抱きしめていた両手を離してやる。
   逃げてもいいよとでも言うように。

   「オレ、加具山サンが…好きなんです」

   否定されるのが怖くて、加具山が何か言う前に逃げるように立ち上がったら、
   予想もしない強い力で腕を引っ張られて。
   加具山の上に覆いかぶさるように膝をついた。

   「加具山サン…?」

   加具山がどうしてそんな事をするのか分からなくて、戸惑ったように俯いたままの顔を見つめる。
   突き放される事はあっても引き止められる事は無いと思っていたからだ。

   「気持ち悪く…無いんですか?」

   心配になって聞いたら、赤い顔を一生懸命左右に振ってくれたから、
   榛名は安心した様に大きく息を吐き出した。
   好きになってもらえなくても、嫌いにはなられていないと分かったのだ。
   それだけでも充分贅沢な事に感じた。

   「オレも、榛名に起こされてから見たんだ」

   空を、なんて小さな声で言われて頭上に広がる雲一つ無い空を見上げる。

   「すっげぇ良い天気で、嬉しかった」

   まだ涙の名残をみせる言葉は舌足らずだったけれど、
   一生懸命言葉にしようとしているのが分かるから、
   一つの言葉も聞き漏らさない様に加具山を見つめた。

   「でも…榛名がオレを誘ってくれたのが」

   もっと嬉しかったと照れた様に言ってくれた事に、榛名は眩暈にも似た感動を感じる。
   例えそれが加具山にとって何気ない一言だったとしても、
   榛名を幸せな気持ちにさせるには充分過ぎる気がするからだ。
   信じられないように目を見開いたまま固まっていたら、
   照れたように見上げて来た加具山がそっと伸びをしたのが見えて。

   「か…ぐ…」

   顔が近づいて来たと思ったら、唇に柔らかい感触を感じて口を閉じた。

   「お前…急過ぎるんだよ…」

   ビックリしただろなんて怒りながら一瞬だけ触れた唇は、
   それだと気付く前に慌てたように離れてしまったけれど。
   照れた表情が嘘じゃ無いと榛名に実感させてくれるから。

   「だって加具山サンが可愛すぎたんですもん」

   仕方ないでしょ、なんて拗ねたように言って幸せそうに微笑んだ。

   「馬鹿!」

   照れた様に馬鹿と繰り返す加具山を強く抱きしめて。

   「やっぱり太陽はオレの願いを叶えてくれたんすね」

   予感は間違ってなかったんだと頬に何度も口付けを落とした。
   そんな仕種をくすぐったそうに笑う姿に、こちらまで笑ってしまいそうだ。

   「早起きは三文の得って言うだろ」

   だからサービスだと真っ赤な顔で叫ぶ加具山は堪らなく可愛い。
   こんなに素敵な得があるなら、いくらでも早起きをしてやると榛名に簡単に思わせてしまう可愛さだ。

   「それに今日は凄く天気がいいからな!」

   こんな事もしてやるんだ、なんて悪戯っ子の様に笑いながら、
   頬にキスをしてくる加具山を眩しそうに見つめる。
   本当は奇跡とか偶然は、こんな何気ない事から起こるんじゃないかと笑って。

   「じゃあ、晴れた朝は必ず加具山サンを」

   デートに誘うよと、太陽と愛しい恋人に誓う様に口付けた。

   終わり

   *********

   榛名は欲望に忠実な男ですから(笑

モドル