餌

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   榛名は困っていた。
   正式には、困るというより困惑と言った方がいいのかもしれないが、
   とにかく悩んでいた。

   「取り敢えず餌はミルクでいいか〜」

   手にした小さな皿に牛乳をなみなみと注ぐと、
   自分のご飯が置かれたちゃぶ台の横に置いた。

   「ほら、加具山さん。飯だぞ」
   「うわーい!ってまたミルクだけかよー」
   「わ、わざわざ変身するな!」

   榛名が困っている原因。
   それは、昨日から家で飼う事になってしまった犬の加具山だ。
   彼は普段は小さな柴犬なのだが、人間に変身する事が出来る不思議な犬なのだ。

   「何だよ、いいじゃねーか…」

   拗ねたように唇を尖らす姿に、思わず言葉に詰まってしまう。
   別に変身するのが悪い訳ではない。
   問題は、その変身した姿なのだ。
   まだ幼さの残る柔らかそうな頬に、小さな鼻。
   大きな黒い瞳は吸い込まれそうな程に綺麗で、
   上目に見つめられると妙に照れてしまう。
   綺麗な円を描く坊主頭は撫で回したくなるくらい柔らかで、
   両方に生えた犬の耳が、より可愛らしさを倍増している。
   裸であぐらをかいて座る背中からは、柔らかそうな尻尾が見えかくれしていて、
   榛名は堪らず視線を反らせて自分の服を無造作に掴むと加具山に投げて渡した。

   「ふふふ服!服着て下さいよ!」
   「何で榛名はオレが人間になると敬語になるんだ?」

   不思議そうに首を傾げる加具山から目反らして、
   冷静を取り戻そうとするように茶碗にご飯をによそった。

   「べ、別に、何にもないっすよ…」

   そう。
   榛名は何故か加具山が人間になった姿を見ると、
   妙に戸惑ってしまうのだ。
   それが何故か自分でも分からないから、
   榛名は悩んでいた。

   「オレと一緒の飯食いますか?」

   始めは悩んだように榛名のズボンを履きながら唸っていた加具山は。

   「なんでも食うよ。犬だし」

   餌は腹に入ったら一緒、なんて男らしい事を言いながら笑った。

   「でも今日はミルクでいいや」

   榛名と同じようにちゃぶ台の前に座った加具山は、
   畳の上に置かれた皿を机の上に乗せて。

   「いただきます」
   「いたっきやーす!」

   上半身裸のままの加具山から視線を反らせるようにして手を合わせる榛名を、
   チラチラと見て真似するように手を合わせると、
   皿の中の牛乳を一心不乱に飲みだした。
   余程お腹が空いていたのか、
   嬉しそうに尻尾を左右に揺らしながら牛乳を飲む加具山が可愛くて小さく笑った榛名は。

   「き、今日のご飯マジ旨いっすね!」

   慌てて飲んだせいか、口の横から零れた牛乳が、
   加具山の筋肉は付いていても柔らかそうな胸の上を流れるのを見て、
   慌てたように真っ赤になりながら意味不明な事を叫んだ。
   そうでもしなければ何かいけない妄想が浮かんでしまいそうだったからだ。

   「オレはいつもと同じだからわかんねぇよ」

   もう飲み終わってしまったのか、唇の端を舌で嘗めとる姿に視線が反らせなくなってしまう。

   「あ〜あ、濡れちゃった」

   滑らかな肌を滑るように胸を流れる白い液体が、
   別の卑猥なものに見えてしまうような気がするのは若さ故なのだろうか。
   違う、あれは牛乳であってタンパク質の固まりではないのだと必死に言い聞かせたけれど。

   「ったぁああああっ!」
   「な、何だよ榛名!?」

   その白い液体を、加具山が指で掬って舐めたのを見た瞬間、
   榛名は大声で叫びながらトイレに駆け込んでしまった。

   数分後。

   「何なんだよ、お前は」

   トイレから出て、呆れたように榛名の夕御飯のサラダをつまみ食いしている加具山を、
   恨めしそうに見つめた榛名は。

   「明日から夕飯はオレと一緒の食べて下さい…」

   ゲッソリとした顔でそれだけ言うと、二度と牛乳は飲ませないと心に誓った。

   終わり

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   ああ、下品だなぁ(笑

モドル