始まりの唄

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   誰もいない土手で、高く上っていた太陽が目の前の位置で
   赤く沈んで行く様をつまらなそうに見ながら歩いていた榛名は。
   今夜の夕御飯の事で頭をいっぱいにしていた。

   「また弁当買うかなー。でも身体に良くないからなー」

   実家から随分離れた大学を選んだので今はボロアパートで一人暮しをしている。
   大学に行ってバイトして寝るだけの生活に飽き飽きしない事もない。
   けれど今は、弁護士になる為の勉強をするだけで精一杯だったというのもあるし、
   なにより、数年前事故で失った両親が残した唯一の保険金で入った大学を疎かにするのは嫌だった。

   「…惣菜でも買って帰るか」

   
   とは言っても、やはり合コンなどに出掛けて楽しんでいる友人達を見ていると悔しくない訳ではない。
   でも、生活費の一切を援助なしに乗り切るには、
   必死でバイト、そして倹約していかなければいけないのだ。
   親戚の人達も何かと親切にしてくれたが、もう自分も大人なのだし、
   今更メソメソと頼るのも嫌だった。
   今日もつまらない一日が終わっていくのかと溜息を吐き出した榛名は。

   「ん?」

   いつも通る土手の下の川に、見慣れない物が流れている事に気付いて目を凝らした。
   ゆらゆらと揺れながら流れるそれは、良く見ると四角い段ボール箱で。

   「ありゃもしかして…」

   蓋が開いた中身から、何かフサフサした物が覗いていた。
   そして小さく聞こえる声。
   明らかに動物が段ボールに詰められ、流されている図だった。

   「あちゃー。ヤバイもん見ちゃったよ…」

   これだけハッキリ見ておいて、今更見なかった事になんて出来ないだろう。
   取り敢えず助けるべきかどうか考えた榛名は、
   どうせ自分では飼う事なんて出来ないんだからと
   溜息をひとつ吐き出して見なかった事にする事に決めた。

   「いい人に拾って貰えよ」

   人が見たら何て奴だと言われるかもしれないが、
   実際自分には動物まで養える程余裕があるとは思えないからそうしたまでなのだ。
   それに、別に好きでもない動物を自分が可愛がるとは思えない。
   誰か可愛がってくれる人に拾われた方がいいだろう。
   取り敢えず川を見ないように歩いていた榛名は。

   「お、おい!」

   段ボールが流れの早い所で今にもひっくり返りそうになってるのを見て、
   慌てて助けを求める様に周りを見回した。

   「誰か動物好きな奴助けてやれよ!」

   何処までも人任せな呟きには誰も答えてくれる気はないらしく、
   暫く待ってみても誰も側を通らない。

   「チッ!」

   そうこうしてる内にも、激しい流れに逆らえないように段ボールは激しく上下している。
   見ている事が出来なくなった榛名は、
   だいぶ流されて行った段ボールを追って猛ダッシュで駆けて行くと、
   靴やズボンが濡れるのも気にせず、急いで段ボールを川から引きずり上げた。

   「おい、大丈夫かー?これで死体とかだったらたまんねぇぞ」

   箱の中でぐったりとしていたのは、とても小さな柴犬だった。
   恐る恐る箱を揺らしてみると、
   気がついたのか柴犬は榛名の顔を濡れた黒い瞳で見つめて。

   「クーン…」

   小さくひと鳴きするとまた意識を失った。

   「お、おい待て!勝手に気を失うんじゃねぇよ!」

   放っておけなくなったと困った様に額を押さえた榛名は、
   取り敢えず何とかしなくちゃと、段ボールを抱えたまま駆け出した。
   
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   完全パラレル設定です。
   さてさて、これからどう躾けようか(笑

モドル