散歩
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「人間の姿で散歩したい」
唐突に加具山から言われた言葉に、少しだけ驚いたように目を見開いた榛名は。
「いいっすよ」
楽しそうに笑うと洗い物をしていた水を止め、
タオルで手を拭きながら加具山の側に近付いた。
確かに今まで何度も散歩に行った事はあるが、
人間の姿になった加具山と外を歩いた事はない。
というのも、加具山は人間の姿になれると言っても、
尻尾と耳はそのまま犬のそれだからだ。
どれだけ消そうとしても消せないそれは、
他の人間に見つかったら大変な事になりかねないだろう。
加具山自身も、まだ榛名以外の人の前では人間の姿になるのが恐いらしく、
積極的に人間の姿で出歩きたいと言われたのは初めてだったのだ。
「じゃあ尻尾と耳隠さなきゃっすねー」
そっと笑って、ガサゴソとタンスを探る榛名を暫く驚いたように見つめていた加具山は。
「…いいのか?」
「へ?何か言いました?」
振り向かず必死にタンスを漁る姿に首を傾げて、
もう一度同じ言葉を叫んだ。
本当は、人間の姿の加具山と外に行くのは嫌だろうと思っていたからだ。
人間に成り切れない加具山と一緒にいるのは、
気も使うだろうし、常に周囲を気にしていなければいけないだろう。
だから叶わない事だと思いつつ言ってみたのに。
榛名は当たり前のように出掛ける準備をしているのだ。
「オレ、こんななのに…」
自分が言い出した筈の言葉に、
戸惑ったように尻尾と耳を掴む加具山を見つめて。
「だって行きたいんでしょ?」
じゃあ行きましょうよ、なんて笑った榛名に、
加具山はまた驚いたように固まった。
「う、うん…」
榛名の口から出た言葉は、加具山が予想もしていなかった言葉で。
溢れんばかりの幸せに、ご主人と気持ちが通じ合ったと感じる瞬間は、
こんな時なのかもしれないと高鳴る胸を押さえる。
「榛名が…飼い主でよかった、な」
聞こえない位の小さな声で呟いた加具山は、
途端に熱くなる頬に戸惑ったように視線を俯けた。
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柔らかい耳は深いニット帽で隠して、
長い尻尾はズボンに詰めてコートで隠した。
榛名が自分には似合わないからと、
一度も着ようとしなかった水色のコートは、
加具山が着ると少しだけ長めだったけれど。
「早く!榛名、早く行こ!」
元気に走り回る加具山にその空色はとてもよく似合っていて、
榛名は嬉しそうに微笑むと鍵を締めて加具山を追い掛けた。
「加具山さん、道は逃げないっすよ!」
「あ、お前今オレを馬鹿にしただろ!?」
真っ赤な顔で子供のように唇を尖らせる加具山に笑って。
「してませんってばー」
「嘘臭ぇー」
少しだけ怯えたように周りをキョロキョロ見回す姿にまた笑ってしまったのは。
「ほらまた馬鹿にした!」
「しーてーなーいー」
こうして一緒に出掛ける事がとても嬉しいからだ。
誰かと出掛けるのなんてよくある普通の事なのに、
こんなに楽しい気持ちになれるのは。
もしかしたらその相手が加具山だからかもしれないなんて。
そんな事を考えてる自分が照れ臭くて、
業と何もないような顔をしながら歩いた。
「榛名!アレ何?何してんの!?」
「あれは野球ってゆーの」
広い学校のグラウンドで、沢山の子供達が野球をしているのが面白いのか、
フェンスにしがみついてボールを何度も目で追う加具山は、
まるでショーウィンドウに飾られたバイオリンに憧れる子供のようだ。
今まで違う道を通っていたから気付かなかったが、
こんなに興味を持つならもっと早く連れて来てあげればよかったな、なんて考える榛名は、
すっかり父親のような気分になっているらしい。
「じゃあ今度、野球は無理だけどキャッチボールしようか」
「きゃっちぼる?」
「キャッチボールだよ」
二人でボールを投げ合うんだ、なんて父親気取りで笑いかけてやるけれど。
「やる!約束だからな?」
伺うように見上げてくる瞳にドキリとして。
「や、約束っすね!」
結局父親には成り切れないまま、また情けない敬語で叫んだ。
父親になる為にはまず加具山の顔を見ない事から始めなければいけないらしい。
そのまま加具山の気が済むまで野球している子供達を眺めて、
沈み始めた夕日に見送られながら家路を歩き始めた。
「榛名、ありがとな!」
もうすっかり外を歩くのにも慣れたのか、
嬉しそうに笑いかけてくる加具山に小さく笑い返して。
そっと寄り添うように隣を歩く加具山との微妙な距離に、
少しだけ戸惑いながら黙って歩き続ける。
ふとした瞬間に触れる肩に何だか胸が苦しくなるのは何故だろうか。
お互い何も言葉を交わさず前だけ見て歩いているのに、
ほんの10センチの距離がひどく照れ臭いものに感じた。
「あ…」
不意に触れ合った指先に驚いた声を上げる加具山自身も、
榛名と同じ気持ちだったらいいな、なんて。
お互い自分の気持ちすらわからぬままに、
触れ合った指先をそっと絡め合った。
途端に指先から流れてくる互いの体温に、
くすぐったいような、嬉しいような気持ちが溢れて来る。
そんな二人を包み込むように暗くなっていく夕闇に感謝して。
「加具山さん…」
小さく名前を呼んだら、掠れた声に自分がひどく緊張していた事に気付いて、榛名は笑ってしまった。
「な、なんだよ!」
真っ赤な顔で睨み付けてくる加具山に首を振って。
「空色のコートを着ている加具山さんと」
キャッチボールしているところを想像したんだ、なんて。
言い訳のつもりだったのだけれど。
「絶対やろうな!約束だからな!!」
太陽のようにきらびやかで明るい笑顔で笑われて。
青空と太陽の下で、空色のコートを着た太陽の様な笑顔が、
自分に向かって微笑んでくれているのを想像したら。
なんだかすごく自分が幸せ者になったような気がして。
「散歩もキャッチボールも」
二人でしましょうね、なんて優しく微笑んで。
沈みかけた夕日を眺めながら歩き続けた。
終わり
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もうね、何をやってるんだと。
ただイチャつかせたいだけの二人(笑
ちょっとずつ二人の距離は近づいて来てるんだぞって事で。
モドル