じっとしてて

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   「あー!こら、加具山さん!大人しくしてろってば!!」

   小さな尻尾をちぎれんばかりに振りながらボールで遊んでいる子犬を手で制して。
   不慣れながらに精一杯カメラを構えた榛名は、
   静止するという小難しい事よりも遊ぶ事に夢中な暴れん坊にシャッターを切った。

   「あ〜絶対ブレたよ〜動いちゃダメだって!」
   「も〜!榛名うるさいよ!」

   今までカメラどころか、写真を撮られる事すら好きな訳では無かった榛名が、
   インスタントカメラを片手に必死になっている姿は微笑ましいを通り越して呆れてしまう。
   自分が楽しく遊んでいる時にアレやコレやとポーズをしろと言われた揚げ句、
   文句ばかりを言われ続けていれば子犬でなくてもウンザリするだろう。

   「そんな事よりキャッチボルしよ、榛名!」
   「う、うわぁっ!!」

   シャッターを切った榛名は、いきなり人間の姿に変身してしまった加具山を見て、
   おもいっきり動揺したように顔を真っ赤にして固まった。

   「い、いきなり人間の姿にならないで下さいよ!」
   「へ?何で??」

   撮ってしまったのだ。
   それはもうバッチリ。
   素っ裸ではしゃぐ人間加具山の姿を。

   「いつも変身した時はこぅじゃん。何今更驚いてるんだ?」

   無邪気な顔で榛名の服を着る加具山の言っている事は正しいようで間違っている。
   普段見馴れていてもそれを写真に撮るとなると恥ずかしさが違うのだ。
   特に最近何故か加具山が気になって仕方がない榛名にとっては、
   知らないグラビアアイドルの生写真を撮るより恥ずかしい事に感じてしまうのだ。

   「なぁ、それオレにもやらせて!」
   「だ、駄目」
   「何でだよ!貸して!」
   「あ!」

   あっさりと奪われてしまったカメラを取り返そうとした瞬間切られたシャッターに慌てて目を閉じて。

   「加具山さん!駄目ですって…」

   制止の言葉を吐きながらもすぐにカメラを奪い返す事が出来ないのは。
   そんな榛名が嬉しいのか見よう見真似で写真のシャッターを押し続ける加具山が、
   とても楽しそうで可愛かったからかもしれない。

   「あれ?カシャッて言わなくなった…」
   「え!?嘘っ!あ〜無くなったぁああ!!」

   すっかり使い果たしてしまったカメラのフイルムを一生懸命回して、
   0から上がりも下がりもしない残枚数に大きく溜息を吐き出した。

   「オレじゃなくて加具山さんを撮りたかったのに…」

   今にも泣き出しそうな顔で呟く榛名が、なんだかいつもの榛名らしくなくて。
   もしかしたら物凄く大切な物を壊してしまったのかもしれないと焦った加具山は。

   「ご、ごめ…オレ…っ」

   嫌われてしまうかもしれないという恐怖心に、榛名以上に泣きそうな顔で耳を垂らした。
   きっと一番やってはいけない事をやってしまって。
   一番困らせたくない人を困らせてしまったのだ。

   「加具山さん?」
   「オレ…ごめ…っ…なさ」

   榛名自身も楽しんでいたと思っていたのはきっと加具山の思い過ごしで。
   ただ仕方なく相手をしてくれていただけなのだ。
   なのに榛名が大切そうにしていた物を壊してしまったのだから、きっと許してはくれないだろう。

   「ち、違いますよ?泣かなくていいから!」
   「ふ…ぇ…ごめ…ん、なさ…っ、謝るからっ!」

   嫌いにならないでと泣き続ける加具山を慰める様に頬に添えられる手が温かいから、
   余計涙を止める事なんて出来ない気がする。

   「違いますってば!」

   怒ったような、けれど少し照れたような声と一緒に響いた小さなシャッター音。

   「加具山さんを沢山撮れなかったから言っただけなんですよ?」

   もう一個買っててよかった、なんて笑顔で頭を撫でられて。
   どうして榛名が許してくれるのか分からなくて首を傾げた。

   「これはね、カメラって言って、色んな場所を写せる機械なんです」
   「色んな、場所をうつす?」

   そっと指で加具山の目元に溜まった涙を拭いながら微笑む榛名の笑顔がとても綺麗で。
   思わず見惚れた様に頬を染めた瞬間、また写真を撮られて固まってしまう。

   「ほら、加具山さんのこんな可愛い笑顔とかを残しておく事が出来る便利な機械なんですよ?」

   凄いよね、なんて嬉しそうに笑う姿に、やっぱりよく分からなくて戸惑ってしまうけれど。

   「怒ったわけじゃないですよ?ただ加具山さんをいっぱいいっぱい撮りたいのに撮れなかったから」

   悲しくなっちゃったんだと囁く瞳がとても優しかったから。
   怒られている訳じゃないのだと安心したように息を吐き出した。
   カメラとか写真とか、詳しい事はよく分からなかったけど。
   榛名をこんなに素敵な笑顔にさせる事が出来るのだから、きっと素晴らしい物なのだろうと思った。

   「加具山さんと過ごしている時間を少しでも形に残しておきたいから…」

   だからじっとしてね、なんて言われて、大人しくしないなんて出来ない。
   榛名が自分との時間をとても大切にしてくれている事が伝わってくるから。
   小さなレンズを通した綺麗な綺麗な瞳に、幸せそうに笑い返した。

   後日出来上がった写真は、全てブレていたり全然違う所を撮っていたりだったけれど。
   幸せそうな二人の笑顔が、何枚にも溢れていた。
   終わり

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   思い出ってとっても大切で、形に残しておきたいものですよね。

モドル