キラ☆キラ3

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   重くのしかかる沈黙に耐え切れなくなったように、
   鞄を掴んで部室を飛び出そうとした花井は、
   座り込んだままの田島に腕を掴まれて仕方なく立ち止まった。

   「オレさ…松井に憧れてたんだよね」
   「…え?」

   ポツリと呟かれた言葉の意味が分からなくて、花井は戸惑ってしまう。
   何か聞き返そうとしたけれど、何も言葉に出来なくて。
   ただ俯いたままの田島に小さく頷いた。

   「毎回すっげーでっかいホームラン打ってる姿が恰好良くてさー」

   その言葉に、花井は何かを思い出したように拳を握り締めて。

   「だからオレもホームランバッターになりたかったんだよな」

   過去を思い出すように小さく笑った田島の姿に、
   百枝に三星戦で言われた言葉が頭を過ぎった。

   「でもさ、ホームランバッターって身体のデカさも必要なんだよなー」

   知らなかったんだ、なんて可笑しそうに笑う田島に胸が締め付けられる。

   「だからさ、少しでも上手くなりたかったんだ!!」
   「…」
   「上手くなったらいつかはホームラン打てるんだーって!朝から晩まで練習しまくった」
   「…あぁ」

   花井の腕を掴んでいる掌が震えている気がするのは。
   きっと気のせいなんかではないだろう。

   「でもやっぱりキツくてさ、昔は花井みたいにデカイ奴にずーっとヤキモチ妬いてた」
   「…っ!」

   『田島君は体が小さい』

   誰よりも上手くなりたくて。
   誰よりも強くなりたくて。

   『あの体格では、どんなにセンスが良くてもホームランは打てないんだよ』

   そう願うのに努力しない人間なんているわけがないのだ。
   今の田島がいるのは、才能があったかもしれないが、
   それ以上に誰よりも上手くなろうとした努力があったからだ。

   「でも今は、ホームランの代わりに打席に入ったら絶対ヒット打とうって決めたんだ!」

   でも自分は。
   そんな必死になって今まで練習して来たかと聞かれれば、
   していないと答えるだろう。
   趣味に必死な努力をするなんてと思っていたから。

   「…田島」

   でも今が、遅いかもしれないけれど今がその必死に練習している時間なんだとすれば。

   「花井ー。オレ、悩みない奴とか嫉妬しない奴、いないと思う!」

   努力すれば、自分も上手くなれるのかもしれない。

   「…うん」

   今がとても辛くて悩みも多いし、野球のセンスもあるかなんて分からないけれど。
   これから、少しずつでも努力していこう。

   『点を取るには、あなたたちの力がいるの!』

   それがきっと、個人としてもチームとしてもレベルアップする方法なのだろう。

   「オレがランナー貯めて、花井のサヨナラ満塁弾で勝つのがオレの今の目標なんだ!」

   まるでその光景を見ているように楽しそうに笑った笑顔に、
   花井も小さく笑い返した。

   *********

   次の日、暫く続いていた曇り空はすっかり晴れて、絶好の練習日和になっていた。

   「調子、取り戻して来たみたいね」

   いつものようにバッティングの練習をしていた花井は、
   不意に後ろから聞こえた声に、驚いたように振り返った。

   「…監督」
   「暫く調子悪そうだったから心配してたんだけど。肩の荷が降りて無駄な力が入らなくなったって感じね」

   よかった、なんて笑う百枝は、
   きっと花井が自分で立ち直る事を望んでいたのだろう。
   だからこそ今日まで声をかけてこなかったのだと、
   改めて百枝の凄さを感じて小さく頷いたら。

   「花井ー!見たー!?オレ今あんな遠くまで飛んだー!」
   「田島うるさい!ちゃんと練習しろ!」

   見てと言わんばかりのデカイ声に遮られて、疲れたように叫び返した。

   「やっぱ花井君はキャプテンよね〜」
   「は?」

   途端に楽しそうに言われた声に訝しげな表情で聞き返した花井は。

   「君がいないとうちの部が絞まらないって事よ!」

   笑って去っていく百枝の背中に、照れたように顔を赤くした。

   「なあなあ、花井!」

   そんな花井のいつの間に側に来ていたのか、
   ネット越しに手招きしている田島に仕方なく近づいて。

   「もうオレ以外の前であんな顔して笑うなよな」

   少し怒ったように言われた言葉に不思議そうに首を傾げる。

   「あんな顔?」
   「辛そうな笑い顔!」

   指を指されて言われた言葉に顔を赤くして、
   恥ずかしそうに周りをキョロキョロと見回した。

   「ば、馬鹿!そう見えたのはお前だけだ!」
   「だってオレ、誰よりも花井の事見てるもん!」

   えへへと笑って見上げてくる瞳に一瞬だけ戸惑ったように固まって。

   「泣き顔も、困った顔も花井エロいんだもーん!」

   次の瞬間発せられた言葉に、憤死しそうな程真っ赤になってしまった。

   「おおお、おま、お前!」
   「大好きな花井の為に、野球でも私生活でも支えてあげられる男になるからな!」

   それだけ言って背伸びした田島は、
   ネット越しに小さくキスをして走って行ってしまった。

   「たたた田島ーーー!!」

   野球も私生活でも悩みはいっぱいあるけれど。
   前向きに頑張って努力していけばきっと前進していけるだろう。
   呆れたように溜息を吐いて、けれど楽しそうに見上げた空は、
   花井の心の様にキラキラと澄んでいた。

   おわり

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   勝手に田島様のアコガレの人とか出しちゃってすみません(汗
   なんか、二人には辛い部分も乗り越えて今があって欲しいな、と思ったんです。

モドル