黒い太陽
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言い表せぬ不安は身体に怒りと焦りばかりを募らせる。
頬を掠める血の交じった風は生暖かく、
シエロ達にこの世界の有様を、まざまざと見せ付けているようで。
「…クソッ」
何度も頭の中で繰り返される言葉に、吐き気が込み上げてきそうになった。
「なぁゲイル。俺って何なんだろう?」
薄い壁一枚を通した向こうで石と化してしまった人間の悲惨な有様を見つめていたシエロは。
決して自分はそうならない事が分かっている安堵感と、
それと引き換えに得た凶暴な力との苦しみの間で、
どうすればいいのかすら分からず俯いていた。
「…」
「俺って…俺らって作り物なのか?」
こちらの世界に来てから何度も言われた言葉。
「『AI』、『化け物』…何だよ、それ」
怒りや悲しみすら通り越してしまった心からは、笑いしか出てこないのに。
「今はまだ情報が少な過ぎる。何とも言えん」
ゲイルからかけられた突き放す様な声に、視界が歪むのを感じて立ち上がった。
「じゃあ俺らが感じてるこの気持ちは何なんだよ!人形がこんな気持ちになるかよ!」
ゲイルに怒りをぶつけたところでどうにもならないのは分かっている。
ただそうでもしなければ、自分の信じていた何かが、足元から崩れ落ちて行ってしまいそうで。
「シエロ…」
「生きてりゃ腹も減るし涙だって出る!アイツらと何が違うってんだよ!!」
自分の視線と絡み合う事のない緑色の瞳に、答えを求めるように縋り付いた。
「俺だって好きで化け物になったんじゃねぇよ!喰らいたくて化け物喰らってんじゃねぇんだよ!!」
自分が作り物だと言うのなら、頬に伝う水は何だというのだろう。
「あんな、自分さえよけりゃいいような機械みたいな奴らよりよっぽど人間味があるじゃねぇか!」
一粒二粒と零れ落ちる涙は、それが生きている証だと言わんばかりに熱を持っているのに。
この涙も、両手で掴んだゲイルの温もりさえも、全てが偽りだと言うのだろうか。
「俺らはバグだって…」
「…シエロ」
「人間性をもってしまったAIだって!」
「シエロ」
「人を不良品みたいに言うんじゃねぇよ!!俺は…っ!」
「シエロ!!」
強く掴み返された掌の熱さに、シエロは息を飲んでゲイルを見つめると。
「落ち着け!不安や怒りに捕われているのはお前だけじゃないんだ!!」
きつく睨み返された緑の瞳が不安に揺れるのを見て、何も言い返せず悔しそうに俯いた。
マダムと呼べと名乗った老女の言葉は謎に満ちていたが、
シエロ達の存在を否定していた事は分かった。
「だって…だってゲイル…」
それは同時に自分の気持ちすら否定されたようで。
「俺の…ゲイルを想う気持ちだって…否定されたようなもんなんだよ…?」
その事実が、自分を否定される以上に辛い気持ちになるのは。
「この気持ちもバグだから起こったの?…こんなに好きなのに、偽物の気持ちだって言うの!?」
それが同時に、一番大切な人の存在すらも、
否定されてしまった気がするからかもしれない。
「シエロ…」
「ゲイルの優しさだって…温もりだって…忘れられないくらい俺の中に刻み込まれてるのに…」
絶え間無く流れる涙に、耐え切れなくなったようにゲイルをきつく抱きしめた。
「シエロ、俺は…」
小さな呟きと共にそっと背中に回された腕の優しさに目を閉じて。
「俺自身が作り物だなんて思っちゃいない。お前に対する気持ちも…」
耳元を掠める低い声に安堵の溜息を吐き出した。
「だからこそ知りたい…いや、知らなきゃいけないんだ…全てを」
この先知る事になる事実が例え困難や絶望だとしても。
ただ進んでいくしかないのだと言う声に。
「ゲイル…俺、例えどんな事実を突き付けられたとしても…」
愛する気持ちだけは本物だから変る事はないのだと。
誓いの言葉を告げる様に、強く黒い太陽を睨み付けた。
終わり
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基本難しい話は苦手です(汗)彼らの葛藤みたいな物が見えればいいな、、、と。
モドル