HAPPY BIRTHDAY -Ren Side-

   *********


   阿部の背中を見送って、言えなかった言葉に小さく唇を噛む。

   「だい、、、、すき、、、」

   本当は皆の前で大声で言いたかったのに。
   勇気の無い自分に俯きながら寂しく帰り道を歩き出した。
   初めて阿部が告白してくれた日を今でも鮮明に覚えているくらい
   三橋は自分と付き合ってくれる事が嬉しかったなんて。
   阿部は知っているだろうか。

   『お前にはオレが付いててちょうどいいんだよ』

   精一杯照れを隠すように怒った声で。
   でも、その声とは裏腹な甘い声と瞳で見つめられた瞬間、
   三橋の全ては阿部で埋め尽くされるくらい幸せだった。
   こんな自分を好きになってくれる人なんて、きっといないと思っていたから。
   だから、今日という素晴らしい日にだけは。
   自分の素直な気持ちをちゃんと伝えたかったのだ。
   好きかと聞かれればちゃんと好きと答えるけれど、
   いつも自分は質問に返しているばかりだった。

   「今度、こそ、、、ちゃんと、自分、、、から」

   何度も自分から言おうとしたけれど、
   言ったら独占欲を剥き出しにしているようで。
   迷惑がられたらどうしようとか、そんな心配ばかりしてしまって。
   なかなか自分からその言葉を口にする事は出来なかった。

   「言いたかった、、、のに、、、な」

   どこまでも臆病な自分に涙が浮かんでくる。
   もう22時になった街は静まり返っていて、
   自分の鼻水をすする音ばかりが響いて来て、
   尚更惨めな気持ちに拍車をかけるようだった。

   「あ、、、」

   途中通る商店街のショーケースに、
   三橋がずっと阿部に似合うだろうなと思っていた服を見つけて立ち止まる。
   青いウィンドブレーカー。
   もうお店は閉まっていて、
   青いウィンドブレーカーは暗闇の中でひっそりと存在しているだけだ。

   『さんきゅ、三橋』

   嬉しそうに笑う阿部の無邪気な笑顔が
   ショーケースのガラスに浮かんだ気がして、
   思わず三橋はガラスに手を伸ばした。

   「、、、べ、君」

   いつもぶっきらぼうで、皆の前ではとても冷たかったり怒鳴ったりするけれど。
   二人きりになるととても優しくて。
   甘く蕩けるような瞳で見つめられた時の苦しいような、
   切ないような感情にいつも三橋は戸惑うばかりだった。

   「阿部、、、君」

   自分には無いものばかりを持っている阿部は、三橋にとって憧れで。
   そんな阿部が自分を好きだと知ったときとても嬉しくて幸せで、
   世界中に感謝したい気持ちになった。
   どうしても気持ちを伝えたい。

   「阿部、君!!」

   そう思った瞬間、三橋の足は帰って来た道を反対に走り出していた。
   ただ会いたかった。
   たとえ迷惑がられたとしても、今すぐ側にいきたかった。
   会いたくて会いたくて。

   「阿部君、、、オレ」

   頭に浮かぶ阿部の幻影を追いかけるようにひたすら走る。
   だって今日は特別なのだ。
   大好きな、大切な、たった一つの存在が生まれてくれた大切な日だから。
   ただ、会わなければいけないという想いだけが三橋を突き動かしていた。

   「会いたい、、、よ!」

   一生懸命息が切れても走り続ける。
   途中プレゼントの一つも用意していなかった事に気づいて、
   そんな大事な事にも気が回らなかった自分に泣き出しそうになった。
   周りを見回してみてももうお店はほとんど閉まっていて、
   仕方なく三橋は、学校の側のファミマに寄ると、
   自分の大好きな肉まんを二つ買った。
   色気の無いプレゼントだと自分でも思うけれど、
   自分の欲しい物を送ると相手も喜んでくれるかもしれないと、
   ただその一心で買ったのだ。

   「、、、阿部、、、君?」

   買ってる途中、阿部によく似た男性が店の前を通ったような気がしたけれど、
   まさかそんな訳は無いと、誰でも阿部に見えてしまう自分に顔を赤らめて、
   肉まんを冷やさないように鞄の中に入れると、阿部の家に向かって走り出す。
   一度行った事があるから道はちゃんと覚えていた。

   「!花井君!!!」
   「へっ!?」

   ゆっくりと歩きながら帰っていた花井を見つけて嬉しそうに声をかけた三橋は。
   側にいつも一緒に帰っているはずの阿部がいない事に気づいて、
   キョロキョロと周りを見渡した。

   「な、何でお前こっちに来てるんだ?確か逆方向、、、」
   「あ、阿部、、、君、は!?」

   驚いた顔をする花井にそれだけ聞いて疲れたように息を切らした。
   いるはずの存在がそこにいないと知っただけで、
   これだけ体に疲労が走るものなのかとその場に座り込みそうになってしまう。

   「だ、大丈夫か!?」

   心配そうに支えてくれる腕に何度も頷いて、
   もしかしたら側にいるかもしれないとひたすら愛おしい存在を探した。

   「阿部は何か用事があるとか言って学校の方に走って行ったぞ?」

   何なんだお前等、と首を傾げる花井に一気に脱力したように溜息を吐いた。
   見事に入れ違いになってしまったらしい。
   何故阿部が学校の方に戻ったのかは分からなかったけれど、
   ツイていない自分に涙が出そうになった。

   「あ、あり、、、が、とう、、、」
   「お、おい!」

   心配そうな花井にお礼をいって、そのままフラフラと来た道を歩き出す。
   あまりの悲壮さに花井も付いて行こうかと言ってくれたけれど、
   丁寧に断ってまたゆっくりと走り出した。

   「阿部、、、君、、、どこ?」

   体の疲労は限界だった。
   ガクガクと震える足を引きずるようにゆっくりと帰り道を走る。
   もうこのまま会う事なんて出来ないかもしれない。
   ふと目に入った公園の時計を見ればもう23時になっていた。

   「、、、ふ、、、うぇ」

   もう会えないんじゃないかという想いに嗚咽がこみ上げて来る。
   今日じゃなくても明日会うのだからいいと皆は言うだろう。
   でも、三橋にとって阿部は誰よりも大切な人だから。
   どうしても誕生日という特別な日だけは、自分の気持ちを素直に伝えたかったのだ。
   いつでも気持ちを伝える事が出来るのかもしれないけれど、
   それは今日と言う特別な日に言わなくてはいけないような気がした。

   「ひ、、、ひう、、、阿部、、、く、、、っ」

   どこまでも上手く行かない事に涙が止まらなくて。
   ただ愛おしい存在の事を思って坂の頂上で三橋は座り込んで泣き出した。
   生徒達に地獄坂と呼ばれる坂はどこまでも長く続いて、
   余計に三橋の不安を煽るように暗く光っていた。
   空に輝く月と星達が、まるでそんな自分を労るように輝いていて。
   堪える事が出来ない涙で滲む瞳で空を見上げる。

   「阿部、君、、、阿部君、、、」

   丸く輝く月に、もし願いが叶うのなら。

   「会い、、、たい、、、」

   今すぐ会わせて下さいと、何度も何度もお願いをする。

   「今日じゃなきゃ、、、、」

   駄目なんだという言葉は、嗚咽に消えて行ってしまうけれど。
   せめて気持ちだけは伝わるようにと目をつむった瞬間。

   「三橋!!!」

   ずっと探していた声が聞こえて、驚いたように目を見開いた。

   *********

   →二人で

   素直になれなかったのは、きっと彼だけじゃない、、、。

モドル