HAPPY BIRTHDAY -Takaya Side-

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   これ以上一緒にいたら連れ帰ってしまいそうになる衝動を堪えるように、
   何か言いたげな三橋を振り切るように背中を向けて歩き出す。

   「花井!帰ろうぜ!!」
   「あ?ああ」

   ちょっと乱暴に名前を呼んだのは、素直になれない悔しさと、
   一緒にいたい名残惜しさが自分を引き止めるからだ。
   本当は今日程一緒に居たいと思う日はないんじゃないかと思う程
   三橋の側にいたかった。
   一晩中一緒にいて、何度もキスをして、おめでとうと微笑んで欲しかった。
   でも、阿部の大好きで大切な恋人は人一倍照れ屋で、
   阿部が無理矢理誘えば付いて来てくれるだろうけど、
   決して自分からは一緒に居たいとは言ってくれないのだ。
   それが悔しくて寂しいから、今は必死に自分を押さえつける。
   期待なんてしてしまったらいけない事はわかっているのだ。

   『お前にはオレが付いててちょうどいいんだよ』

   照れ隠しのように乱暴に言った告白が、
   実はものすごく緊張していたなんてきっと三橋は知らないんだろう。
   自分の気持ちに答えてくれた瞬間、世界が宝石箱のように輝きだしたなんて、
   そんなロマンチックな事を言葉にする事はできないけれど。
   阿部にとって三橋の存在は何よりも大切で、
   一緒にいれるだけで、素晴らしい時間になるのだ。
   でも、三橋は決して自分から一緒に居たいとか、好きだとか言ってくれた事は無い。
   好きかと聞けば好きだと言うし、一緒にいて欲しいといえば居てくれる。
   でも、だからこそ不安になるのだ。

   「本当に、、、オレの事、、、」
   「へ?なんか言ったか?」

   不思議そうな顔をする花井になんでもないと笑いかけて、
   そんな事を考えている自分に諦めるように溜息を吐いた。
   自分の我が儘に付き合ってくれてるんじゃないか、なんて。
   本当っぽすぎてとても考えてはいけない事のように思うのだ。
   学生達に地獄坂と呼ばれる高い坂を上っている間も、
   三橋の事で頭がいっぱいだった。
   もし本当に我が儘に付き合ってくれているのだとしたら、
   とても三橋に悪いと思うけれど、
   それでもやっぱり離してなんてやる事が出来ないのは、
   愛しくて愛しくて仕方が無い存在だからだ。
   不安げにそっと見上げた空にはもう星達が輝いていて、
   丸い月が、自分の不安を吸い取ってくれるように優しく輝いている。

   「三橋、、、」

   何がきっかけだったのかなんてわからない。
   もしかしたら最初からそうだったのかもしれない。
   ただ急に、無性に三橋に会いたくなって、阿部は来た道を振り返った。

   「おい、どうしたんだよ」

   訝しげに聞いてくる花井の声すら耳に入らないように
   ずっと後ろを見つめ続けた阿部は。

   「悪い!ちょっと用事思い出した!先に帰ってくれ!!」
   「お、おい!!」

   それだけ言うと来た道を駆け出した。
   花井は不思議に思っているかもしれないけれどもうどうでもいい。
   ただ、三橋に会って、今すぐ抱きしめて好きだと何度も囁きたかった。
   不安な気持ちが阿部を後押ししたのかもしれない。
   とにかく今は、一秒でも早く合って、三橋の声が聞きたかった。
   今なら帰っている途中の三橋に会えるかもしれない。
   いつも寄り道するファミマに目もくれず、
   ただひたすら三橋の家に向かって走り出した。

   「三橋、、、」

   いいのは顔だけだとみんなに言われる自分を本当に好きになってくれる人なんて
   誰もいないと思っていた。
   素直じゃなくて、いつも厳しい言葉しか言えない天の邪鬼な自分を、
   好きだと言ってくれた。
   例えそれが恋人としてじゃなく友達としてだったとしても、
   阿部にとっては何よりもかけがえの無い大切な言葉に思えたのだ。

   「三橋、、、!!」

   生まれて初めて阿部は自分がこの世界に生まれた事に感謝出来たのは。
   愛おしい存在が自分の側に居てくれる事に感謝したからだ。
   だからそんな自分が生まれた今日という日だけは、
   何よりも大切な人と二人きりになりたいのかもしれない。
   会いたくて、会いたくて。

   「お前に、会いたい、、、」

   ひたすら一生懸命に走ったれど、三橋の家に着くまで一度も会う事が出来なかった。
   明るく点された家の電灯に、もう帰ったのかと息を切らすけれど、
   そのまま家にまで入ってしまう事はとても躊躇われる。
   もしまだ帰っていなかったらきっと三橋の母親は心配するだろう。
   三橋も疲れて眠ってしまっているかもしれない。
   どこまでもツイていない自分に小さく舌打ちすると、
   今橋って来た道をトボトボと歩き出した。

   「馬鹿じゃねぇの?」

   期待していた自分に苦笑する。
   本当は三橋も自分に合いたいと思って追いかけて来てくれてるんじゃないかとか、
   帰りに会えたらそのまま二人で一緒にいれるんじゃないかとか、
   そんな事ばかり考えていたなんて本当に情けなくなる。

   「三橋は、、、」

   そんな事してくれるわけないじゃないかという言葉は、
   とても口にする事は出来なくて小さく飲み込んだ。
   言ってしまえばその言葉を認めてしまうようで、なんだか悔しかったからだ。

   「さっさと帰って風呂に入って寝るか!」

   未練がましい自分に言い聞かせるように大きく伸びをして、
   学校の側の地獄坂まで帰って来た阿部は。

   「、、君、、、阿部、、、君」

   坂の頂上から聞こえた声に、驚いたように立ち止まった。

   「会い、、、たい、、、」

   もしも聞き間違いじゃないのなら。
   もしも見間違いじゃないのなら、、、。

   それは誰よりも会いたくて、側に居たかった存在で。
   阿部は我慢出来なくなったように駆け出すと、大きく息を吸い込んだ。

   「三橋!!!」

   *********

   →二人で

   素直になれなかったのは、きっと彼だけじゃない、、、。

モドル