キラ☆キラ

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   どんよりとした今にも落ちてきそうな曇り空の下。
   その空と同じどんよりとした気持ちを抱えていた花井は、
   自分の気持ちを掻き消すように一心不乱にバットを振り続けていた。

   「ピッチャー返し!」

   隣りからはいつものように力強く叫ばれる声と、予告通りに飛んでいく球が見える。
   田島は今日も絶好調らしい。
   皆もそれに触発されたように、楽しそうにバットを振り続けていた。

   「…ピッチャー返し」

   花井も、自分だけに聞こえるくらい小さな声で呟いて、
   バッティング用の機械から飛び出していく球にバットを振るけれど。

   「あ…」

   自分の狙いとは裏腹に、真上に打ち上げてしまったボールを見送って
   溜息を吐き出す。
   最近は特にこうだ。
   以前より格段と球を打つ腕が鈍っている。
   日に日にバッティングが悪くなっているような気がするのは、
   きっと気のせいではないだろう。

   「クソッ…!」

   その理由すら考える間もなく飛んでくる球に、闇雲にバットを振るけれど。
   練習終了までに結局狙い通りに球を飛ばす事は出来なかった。

   「っかれっしたー!」

   疲れきった、しかし充実した疲れを満足するような掛け声と共に、
   今日も野球部は解散となった。
   気まずい気持ちに、ちらりと百枝の事を盗み見たけれど、
   いつもと同じで職員室に向かう姿に安堵して、溜息を吐き出す。
   自分の調子について何か言われるのではと考えると、
   それだけでひどく緊張したけれど。
   百枝はそんな花井に気付いているのかいないのか、何も言おうとはして来なかった。

   「何ボーっとしてんだ?」
   「え!?」

   訝しげな阿部の声に、自分が俯いたまま固まっていた事に気付いて。

   「いやあ、疲れたなーって…」
   「何年寄りみたいな事言ってんだ」
   「なっ!」

   何でもなかったようにふざけあいながら部室に向かって歩き出した。

   *********

   「最近おにゃクラにハマってるんだよー」
   「おにゃんこクラブを略すなよ!」

   和気あいあいとした部室での会話に笑いながら、いそいそと着替える。
   こういった雰囲気は胸のモヤモヤを忘れていられるのでとても好きだった。
   花井を含め、全員野球をしていなければただの男子高校生だ。
   つまらない話題を十にも百にも膨らませてしゃべるのが得意なのは、
   何もお喋り好きなおばさんだけではない。

   「花井ー!」

   不意に背後からかけられた声に振り向いた花井は。

   「たーすーけーてー」
   「うわ!何してんだよ!?」

   汗で濡れたユニフォームが脱げないのか、
   顔を服で隠された中途半端な状態で暴れている田島を見て、
   焦ったように服を引っこ抜いた。

   「ぷはーっ!あ〜助かったー!」

   出てきた嬉しそうな顔に一瞬顔が引き攣ってしまうのを感じて、
   慌てて瞳を反らす。

   「馬鹿やってないで早く着替えろよな!」

   何故そんな気持ちになってしまうのか自分でも不思議に思うけれど、
   何故か今は田島を見ていたくなかった。

   「花井ー」
   「なんだ?次はズボンが脱げないのか?」

   それでも気付かれないように笑いながらもう一度田島を見つめたら。

   「…な、なんだよ」

   予想とは裏腹にひどく真剣な瞳で見つめられて、慌ててまた瞳を反らしてしまった。

   「何でそんな辛そうに笑ってんの?」
   「え…?」

   少し怒ったようにも、何も考えていないようにも聞こえる声に、
   驚いて固まってしまう。
   確かに練習中は辛い顔をする時もあったが、
   それ以外ではそんな顔していないと思っていたからだ。
   ましてや笑い顔が辛そうだなんて、思いもしなかった事だった。
   自分でも気付かない内にそんな顔をしてしまっていたのだろうか。
   だとすれば、皆にも嫌な気をさせてしまっていたに違いない。
   一瞬にして走馬灯のように色々考えてしまった花井は。

   「何言ってんだよ田島。花井いつもと一緒じゃん」
   「ちょっと恰好良い事言ってみたかったんだよな!」
   「ちげぇよ!」

   田島以外には気付かれていなかった事に安堵して、
   いつも以上の笑顔をしてみせる。

   「オレは至って普通だよ」

   何故かその時、田島だけには知られたくないと強く思ったけれど、
   それが何故なのか花井には分からなかった。

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   →2

   今回はちょっとシリアス目です。
   ちょっと長いですが最後まで読んで頂けると幸せです。

モドル