キラ☆キラ2

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   例え今に悩んでいたとしても、眠れば必ず朝が来る。
   次の日も当たり前のように練習をして、調子は昨日以上に落ちていたけれど、
   やはり百枝は何も言っては来なくて。
   それが逆に自分の不安を大きくするような気がした。

   「田島じゃないけどさ、オレ今日予告したとこに6割は飛んだ!」
   「マジで!?やるじゃん」

   いつものように楽しそうに話す仲間たちの会話ですら空々しく聞こえた。
   自分の不調の原因すらわからない事が、
   何よりも自分のスランプの原因である事はわかっている。
   だがその解決策が見つからない今の状態では、
   自分はこのままなんじゃないかという深い恐怖に飲み込まれそうだった。

   「花井、帰ろうぜ」
   「悪い!部の備品とかチェックしなきゃだから先帰ってくれ」

   部室にある道具入れを覗き込んで、阿部の声にも顔を見せないように背中を向ける。
   そうしなければ今は、誰を見ても自分の不安を闇雲にぶつけてしまいそうで恐くて。
   阿部が訝しげな表情をしている事は分かったけれど、
   今はそんな事どうでもいい気がした。

   「お疲れ、さま!」
   「お疲れー」

   次々と帰っていく仲間たちに小さく声を返して。
   自分以外誰もいなくなった部室で一人溜息を吐き出す。
   備品整理と確認はまだもう少しかかりそうだ。

   「キャプテンなんて…雑用みたいなもんだな」

   マネージャーはちゃんといるが、
   やはり最終的な事はキャプテンに回って来てしまう。
   その事自体は別に嫌ではなかったが、
   今更ながらに何故自分なんかがキャプテンになったのだろうかと考えてしまう。

   「打率も悪いし守備も中途半端!一軍から二軍へ、そして行く末はマネージャーか!?」

   自分で自分の言った言葉に笑って。
   ひとしきり笑ってから俯いて強く瞳を閉じる。
   自分でも気付かない内に、焦りは確実に近づいて来ていて、
   少しずつ、だが確実に花井自身を蝕んでいたのだろう。

   「オレ…何やってんだろう」

   自分の不調すら解決出来ないのに、人の為に頑張っている自分が。
   急に都合がいいだけのどうでもいい存在に思えてくる。

   「別に…オレなんかいなくたって…」

   ポツリと呟いた瞬間、頬に冷たい感触を感じて。
   初めて自分が泣いている事に気付いた。

   「…っ!…ぅ…く」

   一端気付いてしまったらもう、
   涙はどんな手を使っても止められなくなってしまうらしい。
   必死に堪えようとしても溢れてくる涙に、
   耐え切れなくなったように壁を拳で小さく殴って唇を噛み締めた。

   *********

   「花井ー!?」

   途端、暢気な声が部室に響いて、慌てたように振り返る。

   「やっぱまだいたー!忘れ物して取りに来たら部室電気ついてんじゃん?」

   まだいるのかと思ったんだ、なんて。
   いつもの楽しそうな笑顔で近づいて来た田島は、
   花井の顔を見た瞬間驚いたように固まってしまった。

   「…花井?」
   「わ、忘れ物なら早く取って帰れよ!」

   明日も早いんだから、なんてごまかして顔を反らしても遅くて。
   涙を見られてしまった気まずさに顔を赤くして瞳を反らしたけれど、
   見なかった事にして早く帰って欲しいという花井の願いは、
   近づいて来た田島にアッサリと潰されてしまった。

   「泣いてんのか?」

   田島の辞書には遠慮するとか、見てみぬ振りをするなんて言葉はないらしい。

   「泣いてる訳ねぇだろ!」

   ヤケになったように叫んで田島を押しやっても、
   予想以上の力強さで押した手を掴まれて顔をしかめた。

   「嘘だ!泣いてるじゃん!嘘つくなよ!」

   しかも怒った顔で怒鳴られて、
   何故自分が逆ギレされなきゃいけないのかと思ったらなんだか悔しくて。

   「か、関係ないだろ!?」

   溢れてくる涙すら止められないまま、泣き叫ぶように暴れたら。
   花井の顔の横を田島の拳が掠めて、次の瞬間鳴り響いた音に驚いて目を閉じた。

   「…関係ないなんて言うな」

   ひどく真剣な声に恐る恐る目を開けたら、壁を殴った田島の腕が目に入った。

   「お前!大切な手を…!」
   「花井が悪いんだ!」

   血の滲んだ拳の心配と怒りで怒鳴ったのに、
   逆に怒鳴り返されて戸惑ってしまったのは。
   その瞳が怒った声とは裏腹に、
   とても傷付いた悲しそうな瞳をしていたからかもしれない。

   「悩みがあるなら言えよ!オレらチームメイトだろ!?」

   田島が言っている事は至極最もな正論で。
   正しい分だけ花井の気持ちを分かっていない気がした。

   「キャプテンがそんなんじゃ皆だって心配す…」
   「じゃあお前がキャプテンすればいいだろ!」

   田島の言葉一つ一つが胸をえぐって、
   耐え切れないように花井は田島の胸倉を掴んだ。

   「どうせオレは選手としてもキャプテンとしても駄目だよ!」

   田島に怒りをぶつけた所で仕方がないのは分かっているし、
   自分で勝手に自分を陥れて傷付いている事も分かっている。
   検討違いな事で切れるなと言われればそれまでなのだろう。
   本当は、誰よりも田島にだけは知られたくなかった気持ち。

   「お前はいいよな!野球上手くてさ!」

   嫉妬…

   田島にだけは知られたくなかったのは、その本人の才能に嫉妬していたから。
   自分でも理由が分からなかったのは、嫉妬しているなんて認めたくなかったからだ。

   「才能ある奴にオレの気持ちが分かるかよ!」

   中学時代は、チームで4番で、皆より打てる自信はあったし、
   ちやほやされるのが嬉しかった。
   でもここに来て感じたのは、自分の力不足。
   天才と言われた少年の前に、花井のプライドはズタズタだった。
   野球なんて趣味の範囲で適当に出来ればいいと思っていたハズだったのに、
   いつの間にか他人の才能に嫉妬を感じてしまう程大きくなっていたらしい。
   その事すら悔しくて、花井は掴んでいた田島の身体を突き飛ばした。

   「オレなんかと違って天才様だもんな」

   地面に倒れた田島が傷付いた表情をしたのは分かったけれど、
   一度言ってしまった口は止める事が出来なくて。

   「いいよな、努力しなくても上手い奴ってさ!」

   こんな事が言いたいわけじゃないのに。
   誰も努力しないで上手くなる奴なんていない事分かっているのに、
   口は驚く程酷い言葉を投げ付けて。
   座り込んで俯いたままの田島から瞳を反らして、
   気まずい空気に血が出る程唇を噛み締めた。

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   →3

   精神的な部分を書いれると自分でも辛くなります。
   ってかもう、二人別人です(汗

モドル