温泉へ行こう!7

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   7:素直な気持ち

   泣き声が聞こえる。
   夢を見ているのかとそのまままた深い眠りに入ろうとしたけれど。

   「…君。阿部君…」

   その泣き声が自分の名前を呼んでいる事に気づいて目を覚ました。

   「阿部君!ききき気がついた!?」
   「…三橋?」

   安心したような想い人が目に入って、
   やっと今の状況が理解出来たように部屋を見回した。
   温泉で見事三橋のポロリを見てしまった阿部は、
   情けない事に鼻血を出したまま気絶してしまっていたらしい。
   浴衣を着ているみたいだから、おそらく三橋が着せてくれたのだろう。

   「よか…っ、よかった!オレ、阿部君が死んじゃっ…たらって…」

   そのまま声を出して泣き出してしまった三橋に焦ったように身体を起こした。

   「いや、オレが馬鹿だっただけだから」

   気にするな、という自分はひどく情けなくて格好悪い。
   穴があったら入りたいというのはこうゆう時の事を言うのだと、
   まるで他人事のように感じていた。

   「あ!そ、そうだ!三橋、今何時だ!?」
   「え?い、1時…だけど…」
   「1時?1時って…朝の1時か?」
   「う、うん」

   急に思い出したように時間を聞いた阿部は、
   もうとっくに昨日が終わってしまった事に大きな溜息を吐いた。

   「ど、どうしたの?」

   まだしゃくり上げたまま聞いてくる三橋の背中をそっと撫でて、首を左右に振る。
   こんな格好悪い状態で告白したかったんだも糞も無いだろう。
   三橋もこんな股間を見て鼻血を垂らして気絶する奴なんて絶対に嫌だと思うのだ。

   「き、気に、なる…よ!」

   もしかしたら三橋は、倒れた原因と時間を聞いた事が
   関係あると思っているのかもしれない。
   普段からは想像もつかない力強さに少し戸惑ったのは。

   「だから、なにもないってば」
   「嘘だ!だ、だって…阿部君、ずっと…何か、隠してる…みたい…だった」

   たとえどんなに言われても格好悪くてとても言えたもんじゃないからだ。

   「どうしても、言って…くれな、い?」
   「言ーわーなーいー」
   「な、なんだよ!あ、阿部君の…ば、馬鹿!!」
   「馬鹿はないだろ、馬鹿は!」

   初めて三橋に馬鹿と言われた事にショックを受けて、
   阿部は思わず怒鳴り返した。

   「オ、オレ、びっくりした…ん、だから!」
   「悪かったよ!」
   「あ、阿部君は、オレ、みたいな信用なら…ない奴に、
    言うの嫌なの分かって、る…けど!」
   「そんな事思ってないって!!」

   おどおどとした言い方にだんだんと腹が立ってくる。
   どうして自分の気持ちがわからないんだろうと、
   理不尽な怒りに何が何でもよくなっていきそうだ。

   「どうせ…オレの事、なんて…嫌いなん、だあああああ!!!」

   大声を出して泣き始めた三橋の言葉に何かが切れるのを感じた阿部は、
   次の瞬間、三橋の口を自分の口で塞いでいた。

   「んっ!?」

   口づけながら、ああ、これで何もかもおしまいだなぁなんて
   呑気に考えている自分に、なんだか関心する。
   人間はどうしようもない状態に陥った時逆に冷静になれるものらしい。

   「ん…はぁっ」
   「オレが時間を気にしてたのは昨日のうちにお前に告白して、
    ハッピーエンドになってエッチしようと思ってたからだ!
    倒れたのはお前の裸を見て興奮したからだ!
    嫌いな訳ないだろ!これでいいのか!?」

   甘い吐息を零す三橋から唇を離して、
   切れたように一息で全てを言い切った阿部は、
   驚いて固まる三橋から手を離すとそのまま立ち上がって入り口に歩き出した。

   「ど、ど、どこ行く…の!?」
   「あの馬鹿達の所にでも行って頭冷やしてくる」

   気持ち悪いだろ、なんて苦笑してスリッパを履いた阿部は、
   これでバッテリーも解消か、と小さな溜息を吐いて扉に手をかけたら。

   「…三橋?」

   途端に後ろから袖を引っ張られて、困ったように三橋を見つめた。

   「悪ぃ。今のオレ駄目だわ。友達でいましょうとか綺麗事言えない」

   だから離してくれ、って言ったのに。
   涙を流した顔を左右に振って、さっきよりも強く引っ張られて戸惑う。
   三橋が一体何を考えているのか分からないからだ。

   「あ〜…。じゃあ、ここにいたら俺が我慢出来ないって言えばいいのか?」

   言ってる意味が分からないのか、俯いたまま震える三橋を見つめて。

   「好きだから側にいたら抱きたくなる…って意味だ」

   はっきりと言ってやったら、三橋が大きく震えるのが分かって溜息を吐いた。
   そのまま出て行こうとして、やっぱり離してくれない三橋に
   耐えきれなくなったように振り向いたら。

   「…よ」
   「え?」

   小さな声が聞こえて、阿部は困ったように顔をしかめた。

   「いい…よ」

   今にも泣きそうな声に、胸が苦しくなる。
   今すぐ抱きしめて慰めてやりたくて、
   それは絶対にいけないのだと自分に言い聞かせたけれど。

   「無理しなくていいよ。友達をなくしたくないってゆうのならオレは…」
   「ち、違う!!」

   大きな声で叫ばれて、戸惑ったように固まった。

   「三橋…?」
   「オレも…す、好き…だから」
   「…だからそれは…」
   「と、友達として、じゃ、ない!」

   怒ったように顔を上げた三橋の真剣な瞳に、
   その言葉が嘘じゃない事を教えられる。

   「阿部君、が…ずっと…好き、だった…から!」

   それだけ言うと堪えきれなくなったのか、
   大粒の涙を流す三橋を見て、我慢出来なくなったように強く抱きしめた。

   「オレ、すっごい格好悪いとこ見せたぞ?」
   「オ、オレ、なんか…いつも、見せて、る」
   「厭らしい事もいっぱい考えてるし」
   「…っ!い、いいよ!!」

   ずっと手に入れたかった温もりが手の中にある事にひどく安堵する。
   辛い事も沢山あるだろうし、ケンカだって何度もするだろう。

   「お前が好きで好きで我慢出来ないくらい好きなんだ…」

   でもその度に、この温もりが側にいてくれるのなら。

   「オ…レも、好きぃ…」

   何度も泣きながら、笑いながら側に居続けてくれるのなら。
   そんな事全てが、耐えられるに違いないと思うのだ。
   そっとしゃくり上げる顔を上げさせて見つめ合う。
   額に、濡れた瞳に、涙の後を辿るように頬に口づけて。

   「三橋…ずっとオレの側にいてくれ…」

   幸せそうな笑顔で微笑んでくれる唇に、深く溺れていった。

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   10へ(裏に8と9が有りますが、読まなくても大丈夫です)

   エッチ突入しようかと思ったんですが止めました(意気地なし
   要望があれば(あるのか?)裏でも作って書こうかなと思ってます(笑

モドル